ハードセルからデータに基づいたソフトな関係性を基盤とするアプローチに移行し、ロイヤルカスタマーを維持すべきである。

 

デジタルの世界は、ユーザーのプライバシー強化にシフトしている。また、デジタルマーケターにとっては新規顧客の発掘がより難しくなると予想される。しかし、売上を伸ばすための鍵は、すでにマーケターのデータベースの中にあるかもしれない。既存顧客を維持し惹きつけ続けることが、売上拡大に向けたより良い戦略になり得るのだ。

 

よく引用される統計だが、新規顧客発見のためのコストは、顧客維持コストの5倍かかるという。しかし、企業は2対1以上の差で、顧客維持よりも顧客獲得を重視している。

 

その比率を逆転させるには、デジタルマーケターが手元にあるデータを活用し、既知の顧客にアプローチする必要がある。そのためには、より優れたパーソナライゼーションとカスタマージャーニーに対するより深い理解が不可欠だ。サードパーティデータがCookieとともに廃れていく中、ファーストパーティデータの価値は高まっていくだろう。

 

取りうるアプローチはいくつかあるが、どれも「答えはデータにある」という点においては同じである。

 

データの現実

データが「新しい」ものであった時代には、デジタルマーケターが、さまざまなデータストリームからの情報を使って顧客の全体像を描くことはできなかった。数年前には、これらのストリームを統合するために必要なコーディングは不可能であり、それぞれのデータソースは独自のデータサイロに保存されていた。「新規顧客獲得が唯一の選択肢だった」と、通信プラットフォームを手掛ける米国企業Twilioのセグメントマーケティング担当副社長であるKatrina Wong氏は述べている。

 

現在、Twilioは、顧客データプラットフォーム(Twilioが昨年買収したSegment)を使って、これらのファーストパーティデータのストリームを融合するというアプローチをとっている。Wong氏によれば、このアプローチにより、デジタルマーケターはユーザーを識別し、さまざまなチャネルにおけるユーザーの存在を認識できるようになり、事実上、シングルカスタマービューが可能になるという。

 

「この時点で、マーケターは大規模なパーソナライゼーションを行うことができる」とWong氏。Twilioの最近の調査によると、マーケターがパーソナライゼーションに失敗した場合、顧客は45%の確率で他社に乗り換えている。一方、65%の顧客は自身が提供したデータに基づいている限り、パーソナライゼーションを高く評価しているという。

 

解約による打撃

顧客維持に依存することのマイナス面は、企業が定期的に顧客の一定割合を失う「解約」だ。これは、サービスの悪さ、商品の問題、他社の商品やサービスがより優れている場合、あるいは好みやニーズの変化が原因となりうる。

 

「事業者サイドは、顧客が解約するリスクが高いことを示すヒントや手がかりとなる多くの指標を検知することができる」と、フランスに本拠地を置くデータコンサルティング企業ArtefactのマネージングパートナーであるGhadi Hobeika氏は説明する。それは、顧客がログインしてそのままFAQにアクセスし、契約の終了やサービスのキャンセルに必要な手順を探すような場合かもしれない。あるいは、より明白な場合は、ボタンをクリックして実際にサービスを終了することもありえる。最近、カスタマーサポートに電話をかけ、多くの質問をしたのがヒントであるかもしれないし、非アクティブなアカウントや未開封のメールである可能性もある。

 

マーケターは、これらのデータを使って「解約スコア」を作成し、アカウントを「高価値」、「中価値」、また「その他」の層にまとめることができるとHobeika氏は語る。この時点で、マーケターは、消極的顧客を再び惹きつけるために、無料アップグレード、無料ギフト、より良いサポート方法のリクエストや割引の提示などのアクションを起こすことができる。

 

「すべての企業は解約を減らしたいと考えている」とHobeika氏。だが、どれくらい減らすことができるだろうか。「最良のベンチマークは、1か月、あるいは1年前の自社のパフォーマンスだ」。

 

手遅れかもしれない

顧客を維持できるかどうかは、顧客のブランドとの経験が大きく影響する。「経験は時間をかけて構築されるものだ」と、カスタマージャーニーアナリティクスを手掛ける米国企業Pointillistのマーケティング担当副社長であるSteve Offsey氏は指摘する。しかし、ある時点においては、顧客体験だけでは、顧客が他社の商品を試したり、ブランドとの関係を断ったりするのを防ぐことができない場合がある。

 

「多くの企業は、(顧客との)最後のやり取りに基づいて解約を減らそうとする」とOffsey氏。しかし、実際には、顧客はその最後の販売のずっと前に手を引くことを決めたのかもしれない。「最後のやりとりは関係なかったのかもしれない」。

 

どのようにうまくいかないのか、あるいはどのようにうまくいっているのかを理解するには、カスタマージャーニー分析が必要だ。カスタマーエクスペリエンスは一つのやり取りに基づくものではないとOffsey氏は指摘する。カスタマージャーニーアナリティクス(CJA)は「会社全体のすべてのタッチポイントを網羅するものだ」と同氏。つまり、「各顧客のイベントの順序を確認し、共通点やパターンを見つけるために集計すること」であるという。

 

カスタマージャーニーとは、取引を完了するために必要なアクションの総和である。Offsey氏によれば、このパターンを分析することで、顧客が離れる真の理由を明らかにすることができるようになるだけでなく、プロセスの中で修正が必要なポイントも把握できるという。「カスタマージャーニーは、単一のやり取りではないのだ」。

 

価値ある提案

「顧客は見返りがある限り、情報を提供する」と、デジタルエクスペリエンスプラットフォームを提供する米国企業Acquiaの最高マーケティング責任者であるLynne Capozzi氏は述べている。それは、「価値」を提供するということだ。

 

Capozzi氏が挙げた一例は、King Arthur Baking(小麦粉やベーキングミックス等を販売する米国企業)だ。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で多くの人が家に閉じこもった際、このブランドはレシピ、オンラインクラスやユーザーサポートのホットラインを設けることで価値を提供した。別の例は、オンラインでヨガクラスを開催するカナダのアパレル小売業者Lululemonだ。また、Lululemonは、オンラインでクラスを提供する一方で、顧客をよりよく把握すべく、オンラインの顧客データを店舗のデータと統合した。「ブランドが素晴らしい付加価値を提供していれば、顧客維持はより容易になる」と同氏は述べた。

 

ブランドは、共感をもって、後に続けなければならない。顧客に「大声で話す」ことはしないことだ。優れたカスタマーエクスペリエンスを第一に考えよう。ブランドは、顧客がブランドと対話をすればするほど、顧客のことをよりよく知ることができる。

 

顧客との対話やコミュニケーションによって顧客データが得られるが、マーケターはそれを一つの統合されたデータベースに保管すべきだと、Capozzi氏は説明する。そうすれば、「機械学習とAI(人工知能)が、パターンが出現したときに、より簡単に検出することができる」と同氏。

 

真剣勝負

顧客を維持することは、新規顧客を発掘するよりもはるかにコストがかからず、収益性も高いことは広く知られている。では、マーケターが顧客を維持するためにデータをよりうまく活用するにはどうすればよいだろうか。

 

「顧客の視点からカスタマーエクスペリエンスを理解することだ」とOffsey氏。「実際には、カスタマーエクスペリエンスの問題は、マーケティングの問題ではない」。それは、商品、カスタマーサポートとのやり取り、小売店や店舗による問題である。要は、全体的な視点、顧客中心の視点を持つことに行きつくとOffsey氏は語る。

 

それは、マーケターが「ハードアプローチ」から「ソフトアプローチ」へ移行することを意味しているのかもしれないとHobeika氏。ハードアプローチとは、伝統的なマーケティング手法であり、価格、商品、プロモーション、広告などを重視するものであるという。ソフトアプローチでは、顧客との会話をオープンなものにし、ブランドアンバサダーやソーシャルメディアを通じたエンゲージメントに頼り、ロイヤルティを構築する。「ソフトアプローチによって、ブランドとの関係性の側面やブランドのストーリーテリングにより働きかけることができる」と同氏は語った。

 

顧客を維持するために、マーケターは3つのことができるとCapozzi氏は述べた。「可能な限り最高のカスタマーエクスペリエンスを構築すること。すべてのやり取りを顧客にとって簡単で効果的なものにすること。そして、価値を提供すること」。

 

「現時点では、マーケターは大規模なパーソナライゼーションを行うことができる」とWong氏は語る。それは、適切な人に適切な体験を提供するためにリーチする適切なタイミングを知ることを意味するという。「15年前のマーケティングは、科学というより芸術であった」。今は、データとテクノロジーによって、より科学的になっている。「最高のデータが勝つ時代なのだ」。

 

※当記事は米国メディア「MarTech」の11/9公開の記事を翻訳・補足したものです。