大規模ECサイトをクラウドECシステムに移行する際に気を付けるべきポイント

 

大手のEC事業者にとって、かつてECサイトを構築する際に、パッケージシステムを導入するかスクラッチ開発(オンプレミス)するかの2択であったと言ってもいいだろう。しかしここ数年、ITに関わる技術環境は大きく変化し、あらゆるシーンでクラウド型のサービスが登場し、市場を席巻してきている。ECサイト構築の領域においてもSaaS型とも呼ばれるクラウド型のECサイト構築システムが出現し、徐々に採用を決める企業が増えてきている。かつてのパッケージかスクラッチの2択から、クラウドを含めた3択の時代に変わろうとしてきているのだ。今回はそのような新しい潮流となっているクラウド型のシステム構築の基本を紹介し、クラウド型にシステムを移行する際にどのような点に気を付けるべきかを考えていきたい。

 

※当記事はクラウドECプラットフォーム「ebisumart」を提供するインターファクトリー社から情報提供を受け、クラウド型のECサイトの特徴や導入における注意事項の一部を解説した記事である。

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<参考>

ECシステム構築の新潮流「クラウド」はサイト構築をどのように変えていくのか

 

 

 

クラウド型とパッケージ、スクラッチはそもそも何が違うのか

 

そもそも、クラウド型のECサイト構築システムとはどのようなものなのだろうか。まず、“クラウド”という言葉の概念から整理していく。

 

クラウドとは

クラウドとは、その名の通り雲のような存在と考えられ、インターネットからアクセスしてサービスを利用することであり、クラウド・コンピューティングを省略しているものだ。クラウド・コンピューティングという言葉を使い始めたのはGoogleのCEOであるエリック・シュミット氏と言われており、データやプログラムをどこかの雲(クラウド)に置いておき、いつでもアクセスすることで、その恩恵の雨を受けられるという意味を持っている。

 

クラウド型のECサイト構築システムとは

クラウド型のECサイト構築システムは、ソフトウェアと位置付けられるため、SaaS(Software as a Service)と呼ばれるサービス提供形態と定義される。(クラウド型システムにはそれ以外にもPaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)といったサービスの種類がある。非常に簡単に表現するならば、クラウド型ECサイト構築システムは、ソフトウェアを自社サーバーや、特定環境にダウンロード・インストールせずにインターネット経由でサーバーにアクセスし、当該サービスを利用するものだ。

ECサイト構築の業界では、よく似た定義でASP(Application service provider)というキーワードが用いられてきた。ASPとクラウド型の違いは、クラウド型はカスタマイズ可能なのに対してASPは一般的にはカスタマイズができないところだ。そのためASPはクラウド型と比較し、より固定化された機能を安価で多くの利用者に対して短期間で提供することが可能となる。またその他の特徴として、クラウド型はインフラ環境を柔軟に拡張できるため大量アクセスに対応することができるがASPはサーバーダウンやレスポンスの低下が発生しやすくなる。さらにクラウド型は外部システムとの連携が柔軟に可能だが、ASPは(提供されているAPI以外では)できないといった点が挙げられる。

 

大手のECサイト構築に用いられることが多いパッケージ・スクラッチとクラウド型の違いも見ていこう。パッケージとは、フレームとして開発されているものをベースにECサイトを構築するもの、スクラッチは全て新規で作成するというもののことを指す。共に、導入先のサーバーにインストールされ利用される。パッケージの利点は、企業の要望に応じてフルカスタマイズできるということ、スクラッチの利点はゼロから作成するため自由に作れるということが挙げられる。共に自由度は非常に高いが効果で導入までの期間が非常に長くなる。

クラウド型とパッケージ・スクラッチの違いとして最も大きい部分は、クラウド型はカスタマイズ部分を除いたシステムの主要機能が常に無料かつ自動でアップデートされるというのに対してパッケージ・スクラッチは自動でのアップデートは行われず、機能追加を都度行っていく必要があることだ。しかし、常にアップデートすることはメリットだけだとは言い切れない。まれにバグが含まれていることや、常にアップデートされるためシステム的に落ち着かないといった一面もある。

また、クラウド型はプログラムもデータもクラウド上にあるため、物理的に社内に各種データは存在しない。しかしパッケージ・スクラッチは物理的にすべてのプログラム・データを自社内に置くことが可能になる。

クラウド型はシステム環境がクラウドにあるため、アクセスが集中するピーク時に合わせてサーバーの容量やスペックを増設することが可能なため、集中アクセスが発生するECサイトの運用に向いている。

また、費用面でみるとクラウド型<パッケージ<スクラッチの順で費用が多くかかるケースが多い。その背景にはクラウド型はクラウドに全てのプログラムや環境があるため、サーバー費用が抑えやすいが、パッケージ・スクラッチの場合は自社でサーバーを運用するために費用が嵩みやすいということが挙げられる。

経理的側面でも違いがあるようだ。パッケージ・スクラッチは導入費用を資産計上しなければならない反面、クラウド型は資産計上することができない。そのためシステム開発費用を自社資産として扱いたいという会社には向いていないといえる。

 

このように、クラウド型は、ASPやパッケージ・スクラッチと比較するといくつかの違いがあることが分かる。

 

<参考>

ECをはじめたい!ときの選択肢 - 7つのプラットホームの存在を理解しよう

 

 

大規模ECサイトが直面している問題

 

ECの黎明期から25年程度が経過している今、多くの大規模なECサイトは4~7年程度のスパンでスクラップ&ビルドを繰り返しているケースが多い。時には10年程度の長期にわたってベースとなるプラットフォームは変えずに、機能の改善を繰り返し、継ぎはぎだらけになっているものも目立ってきている。大規模な投資を行い、長期にわたるグランドデザインを行って開発・導入を行ったシステムを出来る限り活用し延命させたい気持ちも理解できる。また逆にそのように機能を積み重ねていった結果、システムの大規模な切り替えに踏み切ることが非常に難しくなってしまっているケースも多いように感じる。その結果、最新技術への対応が遅れ、売上への悪影響が徐々に出てきた、という状況に直面している企業もここ最近では少なくないだろう。

 

 

クラウド型を利用している事例

 

このような課題に直面している企業が、クラウド型を利用し成果を上げている事例がいくつかあるようだ。

 

藤巻百貨店

日本をテーマにした商品をストーリー形式で紹介するECサイト、藤巻百貨店では、導入に関するスピードが早く、オムニチャネル施策関連の開発を約3ヶ月の短期間で導入できた点がクラウド型ECシステム以外では実現が難しかったという。

<参考>

キュレーションコマースへの進化の道程(後編)~藤巻百貨店からhatch、SumallyそしてSTYLESEEKへ

ECサイトのメディア化によって得られる3つのメリットと3つの注意点

 

JAF

クラウド型では通常、顧客情報はクラウド上に置くことになる。しかし情報管理面で許可が下りないケースもある。ロードサービスをはじめとした車に関する業務を行うJAFでも同様の問題に直面した。しかし、クラウドから会員照会などのデータリクエストをJAFの顧客情報サーバーへ行う対応で回避した。このような対応でも不可能ではないため、クラウド上にデータが置かれることを良しとしないケースでも回避方法の提案が可能である。

 

 

バタフライ・オンラインショップ

株式会社タマスが運営する、卓球用品を専門に取り扱うバタフライ・オンラインショップでは、ECサイトの運用コストが50%も削減されたという。以前はサーバー費用もかさみ、機能追加の度にコストが発生していたが、その部分が大幅に削減することができたことが非常に大きいという。

 

アップデート事例

クラウド型の特徴である「拡張性」と「最新性」。最近のアップデートの例としては、クレジットカード情報保護の強化が挙げられる。平成28年4月に経済産業省から「クレジットカード取引におけるセキュリティ対策の強化に向けて」という実行計画が発表された。これによりEC事業者は2018年3月までにクレジットカード情報保護の強化に向けた実行計画の対策を行わなければならないのだが、その対策の一つであるPCI DSS(Payment Card Industry Date Security Standard)をEC事業者が独自で導入するのは膨大なコストや工数がかかる。しかしクラウド型ECサイト構築システムのebisumartではPCI DSSを準拠オプションとして提供するため、大幅な費用と工数の削減が可能となっている。

 

 

このような事例を見てみると、クラウド型は商材に関して向き不向きが存在せず、どのようなサービス・商材でも利用することが可能であることがわかる。実際、ebisumart利用店舗の業態別割合では、BtoB ECが30%、BtoC ECが70%となっており、商材もアパレルやインテリア家具からソフトウェア、サービスまで様々なジャンルの企業が利用している。

しかし、ニッチな商流のある商材や業界はカスタマイズが必要になり、導入コストが思ったよりもかかってしまうケースもあるようだ。例えば、顧客との人間関係により商品の値段を柔軟に決めているような企業では、あまりクラウド型ECシステムの特性を活かせないケースが多いと言える。

また、新サービスや新ソリューションに対して柔軟な考えを持てず、クラウド型の導入障壁が高い会社や、クラウド型導入後の追加コストを危惧するような会社は、クラウド型に移行しても成果を上げにくいようだ。

 

 

移行のための事前準備と確認事項

 

では、実際にクラウド型へ移行するとなると、どのように行えばよいのか不安に思う人も少なくないだろう。ここでは、クラウド型へ移行するための重要な事前準備や、確認についてまとめていく。とは言っても、一般的にシステムを移行する際に必要な準備とあまり変わらない。引っ越しをする際自社ビルだろうが、賃貸ビルだろうが、準備はほとんど変わらないということを想像していただければわかりやすいだろう。

 

資産計上とデータ管理についての社内確認

クラウド型へ移行するにあたり、会社のカルチャーが思わぬ壁になるケースが多い。資産計上が今までとは変わるということ、重要なデータが手元ではなくクラウド上にあるということが、社内的に受け入れられるのか。これらの点で社内での折り合いがつくのかを確認する必要がある。

 

通常のシステム移行と同様の確認事項

それ以外の確認事項は、クラウド型だから、というものではない。大き目のECサイトシステムを移行する際に発生することが多いものだ。

1つ目は、顧客のクレジットカード情報が引き継げない場合があるということだ。代行会社を変えてしまうと引き継げないケースが多く、クレジットカード決済ができないことは定期商材にとっては致命的になるケースもあるため、注意を払う必要がある。決済代行会社と現行ベンダーへの確認が必須である。

2つ目は、顧客のログインパスワードは引き継ぐことができない点だ。移行の際に顧客に新しいパスワードを設定してもらう必要がある。システム切り替え前後に、顧客への告知メール、再設定メールを行うことになり、何%かの顧客が離脱していく可能性を持つものだ。ただ、FacebookTwitterといったソーシャルメディアを利用したソーシャルログインを利用することで、顧客に新しいパスワードを設定してもらうという手間を解消することは可能だ。

 

 

クラウド型ECシステムの恩恵を享受するために

 

クラウド型のECサイトへ移行するメリットやデメリット、移行方法や注意すべきポイントについて見てきた。一言でいうなれば、クラウド型であってもパッケージやフルスクラッチのシステム構築のステップや準備と大きな差はないといえる。

しかし一方で運用を続けていくとパッケージやフルスクラッチとは大きな違いが表れてくるだろう。クラウド型の大きなメリットの「拡張性」と「最新性」の部分だ。システムが自動かつ無料で常にアップグレードされる。そのため業務をシステムに合わせて初期に導入しておくことで、長期にわたってクラウド型の恩恵を享受し続けることができる。このことはシステムに対して非常に大きな柔軟性をもたらすことになる。

ECサイトにかかわる顧客環境や技術環境は非常に変化の速い領域だ。ECサイト黎明期から今まで用いられてきた重厚長大なシステム開発の考え方では、その変化に対応することは難しくなっていくだろう。変化の激しいこの業界において、向こう5年10年を乗り越えていくために、クラウド型のECサイトの柔軟性は大規模ECサイトの大きな武器になっていくのではないだろうか。