ECシステム構築の新潮流「クラウド」はサイト構築をどのように変えていくのか
パッケージ型ECサイト構築システム最大手のecbeingが2月、「ecbeing SaaS(イーシービーイング サース)」の本格提供を開始したことで、クラウドECシステムの注目度が増している。インターファクトリーが2010年1月、「ebisumart(エビスマート)」の提供を開始してから、国内でも中堅・大手企業を中心にクラウドECシステムを導入するケースが増えてきている。主要4サービスの累計で構築サイト数は約700となり、今後さらに普及する可能性は高そうだ。今回はそのようなトレンドのクラウドECシステムについて見ていく。
※当記事は日本流通産業新聞社からコンテンツ提供を受けてeコマースコンバージョンラボ編集部にて編集したものです。
クラウドECシステムの特徴
そもそもクラウドECシステムはどのような特徴があるのだろうか。
カスタマイズ対応可能
まずクラウドECシステム(クラウド)は、中堅・大手企業の多くが導入しているECサイト構築パッケージとは異なり、ネット経由でシステムを利用・更新する仕組みが最大の特徴となる。パッケージは、導入企業の要望に応じてフルカスタマイズできる点が強みだが、導入時の標準機能をベースに開発するため、次第にシステムが古くなってしまう「陳腐化」という課題があった。
一方、クラウドはベースのシステムがバージョンアップすると導入企業は更新された最新機能をすぐに活用できる。EC市場では新たなサービスが次々登場するため、クラウドを導入して最新のサービスに対応したいというニーズが高まっていた。
ネット経由で利用・更新されるシステムというとショッピングカートASP(カートASP)もある。ただ、カートASPは安価に導入できる一方、基本的にカスタマイズには対応していない。クラウドはパッケージほどの作り込みはできないもののカスタマイズに対応している。
<参考>
ECをはじめたい!ときの選択肢 - 7つのプラットホームの存在を理解しよう
最適な提案で差別化
先行するエビスマートや「Commerce Cloud(コマースクラウド)」を提供するセールスフォース・ドットコムは、クラウド専業のベンダーとしてECサイト構築実績を積み重ねている。
一方、新規参入したecbeingや2011年からクラウドを提供しているw2ソリューションは、パッケージとクラウドを両方提供できる点が強みとなっている。w2ソリューションはクラウド導入企業の約1割がパッケージに移行し、売り上げをさらに拡大したという。ecbeingもクラウドを提供することで顧客に最適なシステムを提案できるようになると期待している。さらにecbeingは、パッケージで実績を積み重ねている開発やマーケティング支援の部隊がクラウドでも強みになると見ている。ebisumartもカスタマーサクセスチームを立ち上げ、マーケティング支援を強化している。システムに加えて、マーケティングや運営のサポート体制も導入する際のポイントとなっているようだ。
セキュリティーを強化
クラウドの導入を検討するEC企業の多くは、セキュリティー面を懸念している。ネットを経由して利用するサービスだけに、情報漏えいの危険性などを不安視する声があるのだ。
クラウドに特化しているebisumartやCommerce Cloudは、クレジットカードセキュリティーに関する国際基準である「PCIDSS」への準拠を進めている。ecbeingはすでに「PCIDSS」に準拠したシステムをパッケージ版やSaaS版の両方で提供し、高水準なセキュリティー環境を整備した。 w2ソリューションは第三者機関による診断・監視体制などを整備し、万全のセキュリティー体制を構築しようとしている。
それではそれぞれのサービスについて見ていこう。
ecbeing SaaS
より顧客の要望に合った提案可能に
ECサイト構築支援大手のecbeingが「ecbeing SaaS」の提供を開始した。
パッケージシステムで1000サイト以上の構築実績を誇る同社が、SaaS版を提供することでよりクライアントの要望に添ったシステム提案が可能になったという。SaaS版の特徴や開発の狙いについて林社長に聞いた。
SaaSのニーズも拡大
─SaaSの提供を開始した経緯は。
パッケージもSaaSもそれぞれ特徴があります。パッケージの良い点は拡張性です。ECサイトのマーケティングを仕掛けていく中で独自性を発揮しようとするとシステムを絡めた施策が多くなってきます。各社ごとにシステムで独自性を発揮するには、拡張性のあるパッケージの方が有効だと思います。
一方、ストレートにECをやりたいニーズもあります。強い商品やブランドを持っているお客さまの中には、システムで差別化するのではなく、商品や集客手法など他の方法で差別化していく方が得策だというケースもあります。システムは他社に遅れないように陳腐化しなければいいと考えているお客さまにはSaaSが合っています。
当社がターゲットとしている中堅大手の事業者は、数でいうとパッケージが合っているお客さまの方が多くいます。ただ、EC市場が拡大する中で、SaaSの方がスムーズに成長を見込めるお客さまも増えてきました。当社としては選択肢をお客さまに提供できるようにしたいと考え、SaaSの提供を決めました。
ecbeing 林社長
─SaaSの方が向いているのは具体的にどのような事業者ですか。
例えば、商品力に強みのあるメーカーは向いていると思います。先行してSaaSを導入したバッグメーカーは、いかに商品を見せて売っていくかということを主眼に置いていました。
単品通販の事業者にも向いていると思います。単品通販事業者は成長過程で商品性やマーケティングで勝負するケースがありますので、その時期は他社と遜色ないSaaSのシステムがあれば十分です。
ファッション系の店舗でも店舗数がそこまで多くなく、標準的なオムニチャネルに取り組みたい事業者ならSaaSが向いています。競合他社と違うシステムを使うよりも、当初はある程度標準化されたシステムでサービスを構築した方が、費用対効果は高まるケースがあります。複数のブランドのサイトを短期間に立ち上げるようなケースでもSaaSが向いています。
顧客数の多さが強み
─SaaSのプラットフォームを提供している他社とは、どのように差別化を図っていますか。
当社の一番の特徴は、顧客数がかなりいる点です。お客さまをサポートする中で得たナレッジをSaaSシステムに還元できるので、EC市場のトレンドや多くの事業者が成果を出している機能をいち早く盛り込むことができます。パッケージで培った経験を生かし、SaaSは高機能なソリューションになっています。
当社の中にマーケティング部隊を持っている点も強みです。先行してSaaSを導入しているお客さまは当社のマーケティング支援を活用しています。マーケティングノウハウを期待して当社のシステムの導入を決めるお客さまもいます。マーケティング部隊は当然、SaaSプラットフォームのことを熟知していますので、機能を使いこなして売り上げを伸ばすことに集中できます。
─SaaSでもカスタマイズに対応しているのですか。
対応しています。カスタマイズする際にエンジニア不足がボトルネックになりがちですが、当社は400人規模の開発体制を持っています。SaaSでも一時的にリソースが必要になるケースもあります。SaaSにおいてもパッケージの開発部隊が手伝うことができる点も当社の強みです。
─今後の機能バージョンアップの予定は。
直近だと越境EC向けやアパレル向け機能を強化する予定です。越境ECは今後、数年でさらに必要となる機能が出てくると思うので、越境ECに挑戦していきたい事業者には、機能がどんどんバージョンアップしていくSaaSが合っているかもしれません。
ebisumart
400サイト以上を構築カスタマイズ対応や最新性に強み
インターファクトリーが提供するクラウドECプラットフォーム「ebisumart(エビスマート)」は、カスタマイズできる上に、日々更新する機能をすぐに採用できる「最新性」を兼ね備えている点が特徴だ。大手企業など累計400サイト以上を構築している。
ebisumartは有償のオプション機能を100以上用意しているが、導入企業の95%以上はカスタマイズにより独自機能を実装しているという。カスタマイズの開発は全社員の半数以上に上るエンジニアが手掛けるか、パートナー企業が対応する形をとっている。
カスタマイズ対応によるオムニチャネル支援にも実績がある。雑貨ECの藤巻百貨店が「東急プラザ銀座」に開設した実店舗は、クラウドPOSを採用しネットとリアルの購買データを一元管理しているだけでなく、会員データもアプリを活用して統合。
実店舗では「ショールーミング」を推進し、ネットでの購入を促す仕組み作りを支援した。文具専門店の伊東屋では、実店舗の商品をスマホで決済し、そのまま持ち帰らずに自宅へ配送できるサービスなどを実現した。顧客の要望に応じた対応力も評価されているという。
基本機能が毎週のようにアップグレードする更新スピードも強みだ。「例えば、越境ECに取り組むクライアントが外貨決済機能をカスタマイズで開発したとする。当社がこの機能は汎用性が高いと判断したら、標準機能やオプション機能としてクラウドに組み込むことができる。このようなアップグレードを1週間に1度は実施している」(三石祐輔取締役)と説明する。
セキュリティーも強化している。「導入企業に東京証券取引所があることからもセキュリティー水準の高さが分かっていただけると思う。昨秋にクレジットカードセキュリティーに関する国際基準『PCIDSS』に17年上半期中に準拠することを発表した。さらにセキュリティー水準が高まる」(同)と話す。
w2 Commerce V5
システムの柔軟性に強み「SaaS」「パッケージ」「ASP」提供
w2ソリューションのECサイト構築パッケージ「w2Commerce(コマース)」は、ネット経由で必要な機能を利用できるSaaS型の「w2Commerce V5(以下V5)」だけでなく、エンタープライズ向けのパッケージソフトや中小企業向けのASP型をラインアップしている。中小規模から大規模サイトまで対応できる柔軟性が特徴だ。
V5は導入企業の最新ノウハウを詰め込んだシステム。顧客の成長に合わせてカスタマイズ可能なパッケージ版「w2Commerce エンタープライズ版」へスムーズに切り替えることも可能だ。実際、V5を導入した顧客の約1割がエンタープライズに切り替えて、その後、10倍近い成長を実現している。
顧客企業の成長ステージに合わせてシステムを柔軟に拡張できるため、投資コストを管理しながら成長を継続できるという。システムの提供だけでなく、顧客の課題解決や事業戦略の立案まで支援することで、顧客の成長を実現している。
「当社の顧客はリニューアル後、平均して売上高が354%に成長している。今後はさらに成長率を高めていく」(山田CEO)と話す。オムニチャネル対応にも強みがある。リアル店舗のポイント管理システムを備えており、ネットとリアルのポイント連携を手軽に実現できる。
Commerce Cloud(セールスフォース・ドットコム)
昨秋、システム刷新AIによるCRM機能搭載
セールスフォース・ドットコムは16年9月、買収したデマンドウェアのシステムをベースにした新しいクラウド型のECサイト構築システム「Salesforce Commerce Cloud(セールスフォースコマースクラウド)」を発表した。
ユニクロや資生堂、TSIホールディングスなど大手企業に導入しているシステムに、人工知能(AI)によるCRM機能を搭載したことで、より機能性が向上したという。現在ではプーマやラコステ、テンピュールなど国際的なブランドに数多く採用され、グローバルでは250社以上を支援し、1,000サイト以上の構築実績を持つ。
米セールスフォース・ドットコムでコマースクラウド担当のCEOであるジェフ・バーネットは2016年12月、「日本では40のECサイトを構築している。今後、さらに導入企業を増やすことができるだろう」と説明している。世界中にデータセンターを保有しており、顧客のECサイトにアクセスが集中してもコントロールが可能だという。「Salesforce Einstein(アインシュタイン)」というAIを搭載。商品レコメンドやサイト内検索機能もAIが機能することで精度が向上するという。
<参考>
eコマース業界カオスマップ2016 - ECサイト構築システム編
「クラウド」はサイト構築をどのように変えていくのか
このように見てみると、クラウドは従来のパッケージの持つ重厚で高セキュリティなシステムと、カートASPの持つ柔軟性と手軽さを併せ持つ存在といえよう。一昔前の中堅・大手のECサイトというとパッケージがフルスクラッチの2択という状況だった。いずれもしっかりとした設計・開発期間を経るために、機能の星取表やカスタマイズ開発のボリュームをしっかりと事前に見極めて導入が決定されていった。しかしここで紹介した「クラウド」型のサービスはそのような選定・設計・開発プロセスを大きく変える可能性があるかもしれない。機能の星の数よりも、システムの柔軟性や更新の頻度などの各社のサービスポリシーのウェイトが高まるようになるのではないだろうか。
テクノロジーの進展により、ファイルサーバーがクラウドのファイル共有システムに置き換わっていったように、ECサイト構築システムも中堅・大手向けでさえこれからはこのような「クラウド」が本流になる時代がくるのだろうか。この新しい潮流に注目していきたい。