グローバルEC業界の最近のIPOトレンドを読み解く
EC業界は、新型コロナウイルスやリモートワークの普及など、市場環境が激変する中でも、成長曲線を描いている。一方で、EC関連業界のIPOは、2023年後以降、EC市場における競争の激化や、世界的なインフレによる株価の変動性が高まってきており、IPOへのハードルは高まりつつある。しかし、インドや東南アジアなど新興国でのECの需要は年々高まりつつあり、多くの企業がその波に乗ろうとしているため、今後の動向に期待が高まりつつある。今回は、海外市場での2024年以降のIPOの事例を「ECプラットフォーム」「EC販売」「デジタル決済」「デジタルマーケティング」の4つに分けて紹介していく。
当記事で紹介したものや紹介出来なかったIPO事例も含めた、全データ(エクセル版)はこちらからダウンロードできます。ご利用に際してデータ出典元を明記頂いた上で、ご自由にお使いください。
※ログインして頂くとデータをダウンロードすることが出来ます。
※アカウント作成する方は、作成後再度このページへアクセスしてダウンロードしてください。
<参考>


ECプラットフォーム
ECプラットフォームでは、「美容」のように、1つのジャンルに特化した事業者向けのプラットフォームを提供している会社も出てくるなど、総合型から特化型へのトレンドがグローバルで進行している。2024年以降のグローバルでのIPO(予定含む)は調査した限りでは6件あり、今回はその中から2つ紹介していく。
Nice One サウジアラビア証券取引所にIPO 3.2億ドルを調達 2025年1月
Nice Oneは、美容に特化した電子商取引のプラットフォームを展開するサウジアラビアの企業だ。2025年1月8日にサウジアラビア証券取引所に上場し、3.2億ドルを超える資金を調達したことを発表した。
同社は2016年に創設され、サウジアラビア最大規模の美容関連のコマースプラットフォームとなっている。1,200を超えるグローバルの美容関連ブランドとオリジナルブランドの両方を販売しており、販売商品数は28,000にのぼる。同社は、2024年の最初の9か月間の収益が1億8,600万ドル、純利益が1,760万ドルであるとのこと。
今回の上場で調達した資金に関して、自社ブランドおよび販売チャネルの開発と販売、物流および技術能力の強化に主に使用される見通しとのことである。
Flipkart インドでIPO予定 600億ドルを調達予定 2025年末から2026年
Flipkartは2007年に創業されたインド最大規模のeコマースプラットフォームである。拠点をシンガポールからインドに移転し、今後12~15ヶ月以内のインドで上場を見据えており、600億ドル以上の資金調達を目指している。
同社はインド市場に特化しており、地元の消費者に深く根ざした商品展開を行い、決済サービスの提供や、自社の物流網を構築し、Amazonなどの競合と対等以上に渡り合っている。創業者は元Amazon社員というのも興味深い。また、ウォルマートが大株主となっており、ソフトバンクグループから出資も受けるなど、資本の大部分は創業者の手元には既に無い状態で、これまでにも何度もIPOの噂はあったものの、実現には至らなかった。
いずれにしても、IPOが実現すれば、インド最大規模の上場になり、インドのスタートアップにとっても革新的な出来事となるだろう。調達する金額は、Flipkartの技術インフラの強化、物流ネットワークの拡大、マーケティング活動の拡大に割り当てられるとのこと。
2024年以降の「ECプラットフォーム」カテゴリのIPOの傾向
ECプラットフォームカテゴリでは、2025~2026年に上場が予定されている企業が多い。特に、MeeshoやFharmeasyなど、インドやサウジアラビアのようなこれまでのeコマースの中心から少し遅れた地域でのIPOも目立っている。逆に、欧米や日本、中国など、これまでのeコマースの中心地域では、ECプラットフォームのようなオーソドックスなカテゴリでは、既にプレイヤーがシェアを分け合っており、新たなIPOは生まれにくい市場環境がありそうだ。
EC/サービス事業者
EC/サービス事業者のIPO事例は非常に豊富にあり、特に店舗販売も行っている企業も含めると件数は非常に多くなる、今回はオンラインのみで事業を展開している企業を紹介していく。
Swiggy ボンベイ証券取引所にIPO 13億5,000万ドルを調達 2024年11月
Swiggyは、インドを拠点とするオンラインのフードデリバリーサービス企業である。2024年11月13日にボンベイ証券取引所に上場し、13億5,000万ドルを調達したことを発表した。
Swiggyはフードデリバリー事業において、広大な国土を保有するインドで最大規模を誇っており、特に配達のスピードの速さが強みである。都市部では30分以内には必ず配達され、独自の配達ネットワークで常に配達状況を確認することができるのも特徴だ。
今回の上場はインド最大規模の上場となっている。Swiggyは調達した資金を債務返済や、クイックコマース部門の「Insta mart」の拡大に充てる方針とのこと。
毛格平 香港証券取引所にIPO 3億ドルを調達 2024年12月
毛格平は中国で高級化粧品ブランドをオンライン販売している企業である。2024年12月10日に香港証券取引所に上場し、3億ドルを調達したことを発表した。
毛格平の製品は主に伝統的な中国文化や芸術にインスピレーションを受けて作られている。高品質であり、ベースメイクやファンデーションに重点をおいて販売されているのも特徴である。
今回のIPOは、香港証券取引所での過去4年間のIPOと比較しても最も成功しており、株価は85%以上も上昇しているようだ。
2024年以降の「EC/サービス事業者」カテゴリのIPOの傾向
EC/サービス事業者カテゴリにおいては、オンライン専業と店舗販売との兼業を比較すると、店舗販売と兼業している企業の方が多くIPOしている傾向がグローバルで見られている。特にインドのVishal Mega MartやサウジアラビアのLulu Retailなどスーパーマーケットの店頭だけでなく、アプリなどを通じたオンライン販売を手掛ける企業が2024年に上場しているケースが多かった。
一方、Sheinに代表されるオンライン専業企業によるIPOも上述した2社以外にも見られたが、いずれも大型のIPO案件が多い印象だ。Swiggyの食料品や、Sheinのアパレル、毛格平の化粧品などのオンラインと相性の良いカテゴリを中心に今後も継続的に各国でIPOが進んでいくものと思われる。
決済
EC業界と切っても切り離せない決済領域だが、ここ数年は、ECだけでなく、他のビジネス領域とも連携した事業を進める企業も増えてきており、また、デジタル先進国ではなくデジタル面での新興国におけるIPO事例が目立つ印象だ。2024年以降、グローバルでのIPO事例は4件ほどあり、今回はその中の2件を紹介する。
LianLian DigiTech 香港証券取引所にIPO 8,390万ドルを調達 2024年3月
LianLianは、中国国内・国外問わず100以上の国と地域、130以上の通貨に対応しているeコマースプラットフォーム向けの決済サービス会社。2024年3月29日に香港証券取引所に上場し、8,390万ドルを調達したと発表した。
同社は、 2024年の時点でネット決済事業のTPV(プラットフォームや決済処理でユーザーが支払った金額の合計)は前年比64.7%増の3.3兆人民元に達し、累計で最大590万人の顧客にサービスを行っている。今回の上場により、更なる事業の拡大やグローバル視点からの成長が望まれそうだ。
One Mobikwik Systems ナショナル証券取引所にIPO 6700万ドルを調達 2024年12月
Mobikwikは、インドで金融サービスプラットフォームを提供している他、450万以上の店舗やアプリ、ウェブサイトでの支払いを可能にするサービスを実施している。2024年12月18日にナショナル証券取引所に上場し、6,700万ドルを調達したと発表した。(Business Standardによる)
Mobikwikを利用することで、送金や受け取り、企業や公共料金の支払い、オンラインまたは店舗での買い物、インスタント デジタル ローンなどの金融商品へのアクセス、クレジットカード料金の即時決済、投資信託、定期預金への投資といった様々な機能が行える。また、利用者の評価も高く、5ポイント中Playストアでは4.4ポイント、App Storeは4.6ポイントとの実績を誇っている。
今回の上場による資金調達では、主にサービス改善のためにAIやML、データ分析などの研究に投資する見通しとのことである。
2024年以降の「決済」カテゴリのIPOの傾向
EC関連の決済カテゴリでは、2024年以降の上場件数は世界を見ても事例が少ないようだ。例えばアメリカのKlanaやStripeは近々IPOする予定で資金調達を行っていると報じられているが、まだ時間はかかりそうである。今回の上場事例は中国とインドであるが、今後数年は北米地域でのIPOも見られるかもしれない。
デジタルマーケティング
デジタルマーケティング領域にまとめたサービスジャンルは幅広く、MA(マーケティングオートメーションツール)や、発注管理サービスなど多岐に渡る。しかし、今回はオンライン広告で興味深いビジネスモデルの事例があったため、そちらと東南アジア最大のECサービスプロバイダーの企業の2点で紹介していく。
ibotta ニューヨーク証券取引所にIPO 5.7億ドル調達 2024年4月
アメリカに本社があるibottaは、アプリを使用することで利用者は買い物する度、キャッシュバックを受け取れるサービスを展開している。2024年4月にニューヨーク証券取引所に上場し、5.7億ドルを調達したと発表した。
5,000万人のユーザーが登録し、アプリストアの評価は4.7の実績を誇っているibottaは、「アプリをダウンロードし、お店のレシートを送ることで銀行振込、もしくはギフトカードでキャッシュバックを受け取ることが可能」となっている。対象の小売業者はウォルマートといった大手スーパーを筆頭に、3,000を超える多くの店舗で利用可能となっている。
今回の上場は需要が高く、公募価格の88ドルを上回り、103ドルで取引された。時価総額も30億ドルを超え、今後の事業拡大に期待の持てる企業である。
aCommerce タイ証券取引所でIPO予定 2025年半ば
aCommerceは、タイ、インドネシア、香港といった東南アジアをメインにEC事業に関わる内容をトータルサポートしている企業である。2025年半ばにタイ証券取引所で上場を見据えていると取り上げられている。
aCommerceは、マネージドサービス(オンランストア運営・開発、Eコマースマーケティング、コンサルティング、顧客サービス)、Eコマース支援プラットフォーム(会計、マーチャンダイジング、パフォーマンス マーケティング、アカウント管理、フルフィルメントと物流等)といった幅広い機能を有しており、導入企業としては、Samsung、Microsoft、Nestleといった名だたるトップブランドが利用している。何度かこれまで上場の兆しはあったが、タイミングを逃している。IPOが実現すれば、東南アジアで最大規模のIPOになると言われている。
2024年以降の「デジタルマーケティング」カテゴリのIPOの傾向
デジタルマーケティングの分野においては、広告分野の上場案件が2024年に多く、ADUXのユーロネクスト証券取引所での上場や、Havasのアムステルダム証券取引所での上場など、EC分野ではあまりIPOが盛んでなかったヨーロッパでの上場もあった。
また、全体的に中国、主に香港証券取引所でのIPOが多いものの、政府によると採算の取れない企業の上場申請を今後は却下していく方針となるため、上場数は今後は減少していくだろう。
今後のEC業界のIPOについて
2024年以降のグローバルでのEC関連のIPO事例を8件紹介したが、全体では40件近くの事例が確認できた。その中でもカテゴリとしてはデジタルマーケティング、特にオンライン広告事業が最も多く、9件のIPO事例があった。昨今、ibottaのようにユニークなビジネスモデルで広告運用を行う企業も増えてきており、オンライン広告事業は生成AIなどをも取り入れて更なる発展が期待できる。
また、先進国ではECの需要は落ち着きを見せてきているものの、新興国の勢いは依然として大きく、インドや中東などのIPOは非常に盛り上がっている印象だ。そして、インドのFlipkartや中国のSheinのような企業が大型IPOの兆しを見せており、ここ1~2年では、アジアのEC市場のIPOの動きからも目が離せないだろう。
このようなグローバルなIPOの動向は、今後のEC業界の推移を予測する一つの指標となるため、参考にして頂きたい。
当記事で紹介したものや紹介出来なかったIPO事例も含めた、全データ(エクセル版)はこちらからダウンロードできます。ご利用に際してデータ出典元を明記頂いた上で、ご自由にお使いください。
※ログインして頂くとデータをダウンロードすることが出来ます。
※アカウント作成する方は、作成後再度このページへアクセスしてダウンロードしてください。