EC業界の資金調達の最新トレンド ー AIの波にのまれた2年

 

EC業界は、多くの消費者へ浸透が進み、新規のユーザーの爆発的拡大は見込めなくなってきた。そのため、市場は拡大期から限られたパイの奪い合いへと変わりつつある。そのような流れの中で、ChatGPTをはじめとするAI技術の進化や、様々なテクノロジーやコンセプトの登場は、革新的なビジネスモデルの創出、顧客体験の向上、そして運用効率の大幅な改善へと繋がるものとなっている。これらの進化は、EC業界における資金調達の流れを根本から変えつつあり、スタートアップから大手企業まで、あらゆる規模の企業がこの波に乗ろうとしているという状況だ。今回は2022年以降のEC業界の資金調達の事例を海外・国内に分けて紹介していく。

 

<参考>

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Misfits Marketが2.2億ドルを調達 2021年7月

 

Misfits Marketは、農家や食品メーカーから余剰品や形が不揃いな商品を買い取り、顧客に割引価格で提供するECマーケットプレイスを展開する企業だ。2021年9月14日に2.2億ドルを調達し、創業以来合計で5.2億ドルを超える金額を調達したことを発表した(businesswireによる)。

その名の通り、misfits(不揃い)な商品を顧客から買い取って通常よりも安い金額で販売するビジネスモデルは注目を集めており、ビジネスとしての整合性だけでなく食品ロスの削減にも一役買っている。消費者の中にも、見た目がどうであれ調理したら同じなので安い方を買いたい、というニーズは確かに強く存在するだろう。

今回の資金調達は、更なる海外展開や技術投資のほか、消費者が選ぶことができる商品ラインナップの拡充などに充てられるとのことだ。またアメリカ国内でのフードデザート問題(生活環境の悪化のなかで健康的な食生活の維持が困難となった都市の一部地域)に対しても、2025年までに解消を試みて活動している。

 

 

Back Marcketが5.1億ドルを調達 2022年1月 

 

Back Marcketは、ハイテク機器のリファービッシュ品を販売するECマーケットプレイスを世界的に展開する大手企業だ。2022年1月11日に5.1億ドルを調達し、創業以来合計で10億ドルを超える金額を調達したことを発表した(Circular Economy Hubによる)。

同社はリファービッシュ製品の品質を維持するため、独自にミステリーショッピングによる抜き打ち検査を行うほか、通常は30日程度である購入者への保証を12か月という長期にわたり行っているのが特徴だ。また品質は中古品以上かつ価格は新品以下と、ユーザーのニーズを的確に捉えた製品を提供している。

今回の資金調達では、新品同様の品質を確保して世界最高水準の顧客体験を提供するための投資を継続し、さらに世界的に顧客を拡大していく意向を示している。新たな製品をつくるための地下資源の消費削減や環境への配慮といった点からも、今後の動向には注目が集まる一方だ。

 

 

Flipが6,000万ドルを調達 2022年7月

 

Flipは、ソーシャルメディアとEコマースを組み合わせた米国のプラットフォームだ。2022年7月に6,000万円を調達し、創業以来合計で9,500万ドルを調達したことを発表した。

FlipのソーシャルEコマースプラットフォームは、ユーザーが商品を発見、共有、購入できる環境を提供している。特に美容やファッション分野に焦点を当てており、ユーザー生成コンテンツに基づく製品レビューや推薦が特徴的だ。

またこのプラットフォームは、従来のオンラインショッピングに比べてより対話的でパーソナライズされた体験をユーザーに提供しており、ユーザーは実際に商品を使用した人々のレビューをビデオで視聴することができる。これにより、購入決定の信頼性が高まる仕組みになっている。

この資金調達ラウンドにより、Flipの評価額は5億ドルに達した。

 

 

Whatnotが2.6億ドルを調達 2022年7月

 

Whatnotはライブストリーミングを通じたショッピング体験を提供するEコマースプラットフォーム「Whatnot」を提供する米国の企業だ。2022年7月18日に2.6億ドルを調達し、創業以来合計で4億8,500万ドルを調達したことを発表した(crunchbase newsによる)。

Whatnotは主に、「コレクタブル」「限定版の商品」「ユニークなアイテム」を対象としたライブストリーミングショッピングプラットフォームを提供している。このプラットフォームでは、販売者がリアルタイムで商品を紹介し、視聴者はその場で購入することができる仕組みだ。コミュニティ主導のマーケットプレイスを提供し、購入者と販売者が直接交流できる点が最大の特徴である。

この資金調達により、Whatnotの評価額は37億ドルに達した。

 

 

ShopBackが1.6億ドルを調達 2022年10月

 

ShopBackは、アジア太平洋地域を中心に展開しているキャッシュバックサービスだ。2022年10月3日に1.6億ドルを調達したほか、同年12月8日に新たに約4千万ドルを調達し、シリーズFラウンドで合計2億ドルの調達を行ったことを発表した。

ShopBackは、同社が提供するプラットフォームを経由して商品を購入するだけで、購入金額の一部割合が返金されるシステムになっている。主な提携先はAmazonやQoo10、旅行サービスではagodaやbooking.comなどがあり、実店舗での利用やバウチャーの購入なども対象となる。

今回の資金調達は、株式公開の準備とより多くの市場へのサービス拡大が目的とされている。2023年にはドイツを起点にヨーロッパへの拡大も図っており、現在も規模拡大と成長を続けている。今後のEC業界の発展とともに、期待は高まるばかりだ。

 

 

shizaiが5億円を調達 2022年6月

 

shizaiは、EC/D2C事業者にオリジナルの梱包資材を提供する同名のプラットフォーム「shizai」を運営する企業。2022年6月8日に5億円を調達し、創業からの累計調達額は6.2億円になることを発表した。

shizaiは、事業者や納品先などそれぞれの要望に合わせて最適な仕入先を選定し、梱包資材のコストや仕様を最適化できるプラットフォーム。品質を落とさず梱包資材のコストダウンが可能なほか、物流を踏まえた仕様を改善提案することができる。

今回の資金調達で、採用の加速、マーケティング投資拡大、ソフトウェア開発投資の加速、サステナブル資材ネットワークの拡張などを進めていくという。あわせてビジョンを新たに策定し、経済性と社会性の両立を目標に掲げている。

 

 

Recustomerが2億円を調達 2022年11月 

 

Recustomerは、決済領域から商品追跡、返品・キャンセル領域の購入体験を向上させる同名のプラットフォーム「Recustomer」を提供する企業。2022年11月17日に2億円を調達し、創業以来合計で調達額が約4億円に到達したことを発表した。

同社は今回の資金調達と合わせて、新プロダクト「Recustomer 自宅で試着」を公開した。このサービスは主にアパレルEC向けのサービスとなっており、ECの顧客特有の実物が見られない不安を解消するものとなっている。調達した資金は、大手ブランド企業の導入へ向け、セールスチーム・カスタマーサクセスチームの組織強化、プロダクトのセキュリティ強化などに投資予定だ。

 

 

Kivaが4.5億円を調達 2022年12月

 

Kivaは、ECサイト向け商品の保証・延長保証を提供するサービス「proteger」を運営している。2022年の12月7日に4.5億円を調達し、創業からの累計調達額が5億円に達したことを発表した。

protegerの延長保証は、顧客体験向上の施策のひとつとして注目されている。回収した破損商品を修理・リユースするサステナブルな取り組みもあり、発表時点での提供保証数は5万点、修理パートナーは国内400拠点となっている。これまではEC事業者のみに保証サービスを展開していたが、2023年12月には店舗事業者向けに延長保証のサービス提供を開始し、オンラインとオフラインの両事業者を顧客に持つ。

今回の資金調達は、「proteger」の更なる成長を目指した積極的なプロダクト開発と、人材採用の強化を目的としている。今後は、EC事業だけでなく旅行や不動産、自動車や住宅など様々な事業において、組み込み型保証・組み込み型保険を展開していく予定だ。

 

 

ACROVEが11.4億円を調達 2023年10月

 

ACROVEは、ECモールや自社ECサイトの売上最大化を行うサービスを提供している企業だ。2023年10月11日に11.4億円を調達し、創業以来合計で約18.4億円を調達したことを発表した。

同社は独自のBIツールである「ACROVE FORCE」を使用することで、ECにおける売上の最大化と業務の効率化を目指している。このツールは、EC市場でのブランド成長をサポートするために設計されており、提携ブランド事業だけでなく自社ブランド事業に対してもサポートを行っている。

 

 

SUPER STUDIOが14億円を調達 2023年10月

 

SUPER STUDIOは、テクノロジーとデータを駆使することでビジネスを最適化する統合コマースプラットフォーム「ecforce」を提供する企業だ。2023年10月17日に14億円を調達し、創業以来合計で約84億円を調達したことを発表した。

ecforceでは、オンラインとオフラインのデータを一元管理し、ECビジネスの最適化を越えて製造業のビジネスプロセス全体を最適化することを目指している。

オンラインとオフラインのデータを統合管理し、ECビジネスの最適化だけでなく、製造業を含むモノづくりのビジネス全体を最適化することや、マーケティングからサプライチェーンに至るまで、関わる全ての人々の顧客体験を最大化することを目標としている。

 

 

BitStarが18.3億円を調達 2023年10月

 

BitStarは、インフルエンサーマーケティングとD2C事業を支援するデジタルプラットフォームを提供している企業だ。2023年10月25日に18.3億円を調達し、創業以来合計で41.1億円を調達したことを発表した。

同社は、YouTubeやInstagram、TikTokなどのソーシャルメディアプラットフォームで活動するインフルエンサーと企業との間でのコラボレーションを仲介し、マーケティングキャンペーンの企画から実行、分析までをサポートしている。また、D2C事業においては、ブランドのオンライン直販チャネルの構築や運営支援、顧客との直接的な関係構築を促進するための戦略を提供している。

 

 

forestが10億円を調達 2023年11月

 

forestは、日本のモノづくりブランドをM&Aを通じて成長させることに取り組んでいる企業。2023年11月13日に10億円を調達し、創業からの累計調達額は約38億円となることを発表した。

forestの事業内容を一言で表すなら、職人と顧客をつなぐ役割だ。モノづくりが得意でもモノ売りが得意とは限らないため、同社がM&Aでブランドを継承し、サプライチェーンの改善や越境ECの展開、マーケティングやデータ活用などを行う。

今回の資金調達は引き続き、ブランドの承継、Eコマース各領域の専門人材の採用、データ活用の促進、また越境ECへの取り組みを一層強化する見込みだ。また同年10月には日本製品・日本の伝統工芸品を取り扱う越境ECサイト「omakase」を開設しており、より一層越境ECへの取り組みを強化している。

 

 

シックスティーパーセントが4.6億円を調達 2024年2月 

 

シックスティーパーセントは、Z世代向けにアジアブランドのアパレルECプラットフォーム「60%」を展開する企業。2024年2月7日に4.6億円を調達し、創業以来合計で累計調達額は6.5億円になると発表した。

「60%」が通常のアパレルECプラットフォームと大きく異なるのは、対象となるアパレルブランドが主にアジア各地のローカル、インディーズブランドが中心となっている点だ。その結果として、利用者割合は10~20代が約9割を占めている。現地店舗に行く必要がないECの魅力を、最大限に活かしているといえるだろう。

今回調達した資金は国内事業の拡充と海外展開の本格化に充てるとのことで、採用強化などにも力を入れている。実際に3月には英語版のサイトをリリースしており、グローバルマーケットプレイスとしての展開を図っている。日本発の越境ECとして、今後の動向に期待が高まる。

 

 

AIの波にのまれた2年

 

近年、EC業界ではAI技術の進展やDXの加速により、ビジネスモデルが大きく変化している。それに付随して新たなテクノロジーを活用した革新的なビジネスモデルの創出、運用効率の改善が進み、スタートアップから大手企業に至るまで積極的に資金調達を行っている。これらの事例から、EC業界における資金の流れがイノベーションを促進し、様々な角度で顧客体験を向上させる方向へ変化していることが分かった。

ソーシャルメディアとの融合やライブストリーミングを活用したプラットフォームのほか、持続可能なビジネスモデルの構築や、価値あるブランドやプロダクトの発掘・拡大に焦点を当てたサービスが複数みられる点にも注目したい。企業は新しい技術を取り入れ、将来を見据えた独自のビジネスモデルを開発することで、市場における競争力を高めているのだ。

今後も、AI技術やDXの発達に伴い、EC業界はさらなる変化を遂げるだろう。資金調達の動向は今後の変化の方向性を示す一つのバロメーターとなり、業界の将来像を予測するうえで重要な指標となる。

どのようなサービスが、どれだけの注目と資金を集め、今後どのように成長していくのか。我々はこれらの進展を注視し、新たなビジネスチャンスの発掘と成長の機会を貪欲に狙うためにも、常に知見を深めていく必要があるだろう。