AIはパーソナライゼーションを最大化し、今日の小売業の形を変える原動力のひとつとなるだろう。


重要なポイント

  • 人工知能(AI)は、商品のおすすめから仮想試着まで、パーソナライズされたショッピング体験を提供することで小売の形を変えつつある。
  • AIは顧客サービス、需要の予測、供給管理を改善することで、小売業を強化することも可能だが、データプライバシーに関する懸念や高額な導入コストなどの課題が普及を妨げている。
  • 現在、AIの普及は停滞しているものの、ショッピング体験を合理化し、店舗とオンラインの両方で摩擦を取り除き、私たちが知っている小売業の姿を変える準備は整っている。

 

<参考>

デジタルとリアルの融合がもたらすマーケティングのパーソナライゼーションの進化

米国人は買い物が大好きである。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの2年目には、NPR(米国の公共放送用の番組制作配布を行う非営利団体)の番組「Consider This」で、同国の買い物文化に1エピソードが割かれたほどである。ほんの数十年ほど前は、買い物といえば「ショッピングセンターへ行く」という意味だったのが、現在では「オンラインでのショッピング行動」へと移行している。

パーソナライズされたショッピングも、新興テクノロジーが形を変えつつある分野だ。ほんの数年前までは、個人的にショッピングのアドバイスをしてくれるパーソナルショッパーが顧客のために洋服を選んでいたが、人工知能がその代わりとなり、私たちのショッピング体験は大きく変わりつつある。


小売パーソナライゼーションにおけるAIテクノロジー

パーソナライゼーションは数十年に渡って、ファッション小売業では重要なテーマだった。19世紀には、パーソナルスタイリングは上流階級でのみ利用可能だったが、デパートの個別スタイリストとパーソナルショッパーの出現により、厳選された衣装が大衆の手にも届くようになった。今日、大手小売業者は、顧客のショッピング体験を次のレベルに引き上げるため、AIと機械学習に注目している。

このトレンドはファッションだけにとどまらない。Amazonのような小売業者は、2010年から「この商品を購入した顧客(はこのような商品も購入しています)」という、パーソナライズされたおすすめの表示をしている。しかしAmazonが最初に取り組んだパーソナライズは、おすすめ商品を提供することではなかった。同社は1999年に、顧客が配送や支払いに関する情報を保存できるようにすることで、パーソナライズをスタートさせた。

今日では、小売業者は、顧客にパーソナライズされたおすすめ商品を届けるために、高度な機械学習アルゴリズムを使用し続けている。小売業でのAIの使用は、実店舗で店員が買い物客を出迎えるように、ECサイトで応対するチャットボットも含まれる。


AI駆動のパーソナライゼーションのメリット

巨大なデパートで小さな商品を探している客を思い浮かべてほしい。非常に分かりやすい表示があったとしても、その商品にたどり着くまでにかなりの時間がかかるだろう。しかし、豊富な知識を持つ店員がいれば、もっと楽になるはずだ。

eコマースに関していえば、ほとんどの小売業者がプラットフォーム上に基本的な検索機能を用意している。しかし、その検索機能を使うためには、買い物客は自分が探しているものを正確に分かっていなければならない。買い物客が漠然としたイメージしか持っていない場合、検索するのにも時間がかかる可能性がある。使いやすく設計されたAIチャットボットは、正確な商品名が分からなくても、顧客の問題を解決する商品をおすすめすることでこの時間を削減することができる。

ファッションに目を向けると、小売業におけるAI駆動のパーソナライゼーションのメリットはさらに明らかになる。米国に本社を置く、有名なデニムブランドのLevi Strauss & Co.は、AIが生成したモデルを使って、顧客がさまざまな体型に服を着せて見ることができるようにするプロジェクトを進めている。同社は2023年、すべての商品をさまざまなモデルで紹介することはできないことを認めている。AIは、その問題に踏み込むことができるかもしれない。

その他のメリットとしては、顧客の需要をより正確に予測し、それに応じて供給や人員配置を管理できることなどがある。結果として、対面販売の顧客は待ち時間が短縮され、eコマースの顧客は注文の際に「在庫切れ」という表示を目にすることが極めて稀になるだろう。ソーシャルメディアプラットフォーム上も含め、パーソナライズされた小売マーケティングはすでに、標準的なマーケティング戦術よりも、顧客との関連がより高い商品を提供している。AIは、小売マーケティングのパーソナライズを次のレベルに引き上げるだろう。


小売業でのAIの導入

AIの導入についていえば、小売業者は他の業種と同様の変化に直面している。アクセスしやすく手頃な価格の技術もさることながら、消費者データを収集し、自社の状況に最も適したAIツールを選択し、AIベースのアプリケーションをレガシーシステムに統合する方法を見つける必要がある。

全米小売業協会(NRF)によると、多くの小売企業がAIのメリットを活用することに関心を持ち、その動向を注視しているという。しかし、彼らは、テクノロジーがどう開発され、どれがベストプラクティスを得られるか、静観し続けている。AI導入は停滞しているものの、小売業を変えることに疑念はないようだ。


課題と留意点

データプライバシーの懸念と導入にかかる費用は、AIをより幅広く取り入れることを妨げている主な障害の2つである。

NRFメンバーの中には、「導入コストが比較的高いままである一方、そのメリットは論理的に見えるかもしれないが、まだ証明されておらず、許容できる投資利益率を得られない可能性もある」と指摘する者もいる。

また、小売業でAIの導入を成功させるには、有意義な結果をもたらすアルゴリズムを教え込むための大量のデータも必要だ。消費者に貴重な個人情報を納得して提供してもらうには、高いレベルの信頼が必要である。Amazonが初期のころ、顧客に当時駆け出しの同社のプラットフォーム上に決済情報を保存するよう説得する必要があったように、小売業者は個人情報を悪用されないことを顧客に保証する必要があるのだ。

小売業者や業界団体が小売業におけるAIの枠組みの構築に取り組むにつれ、こうした技術の導入はさらに拡大していくだろう。


今後の傾向

AIは、小売業のさまざまな分野で顧客体験を向上する大きな役割を担うだろう。ドイツ最大のスパークリングワイン生産者のような早期導入企業は、すでにAIを使用して買い物客がショップ内で見るコンテンツをカスタマイズしている。同社はデジタルサイネージを使用して、サイネージ近くにあるボトルの動的広告を表示し、在庫切れの商品は宣伝しないようにしている。

小売業者の状況はそれぞれ違っていても、その多くは「店舗とオンラインの両方で、ショッピング体験から摩擦を取り除く」という同じ目標を掲げている。AIによる対話や顧客サービスの合理化は、この進化の一部であろう。AIの可能性を探求する他の業界のように、小売業では、AIが店員と置き換わるのではなく、スタッフが複雑な作業に従事する時間を確保するためにAIを活用しようとしている。

米国人はファッション、ガジェット、自動車、食料品のどのカテゴリでも、買い物が大好きだ。そして、それは米国人だけではない。ショッピング体験のパーソナライズは、その親和性を活用し、小売ビジネスの顧客基盤を拡大する手がかりになる。AIは、パーソナライゼーションを最大化し、現在の小売業の形を変える原動力の一つとなるだろう。

※当記事は米国メディア「Entrepreneur」の10/4公開の記事を翻訳・補足したものです。