eコマースサイトを運営している事業者は、自社オンラインストアで導入しているデジタル決済システムがブラックボックス化されているため、「支払い」ボタンの向こうで何が起こっているかを把握することは、困難な状況だ。
オンラインセラーは、強固な決済ページがなければ生き残ることができない。一方で、オンライン取引の多くを処理する決済システムは、40年前のものなのだ。これに目をつけた投資家もいる。舞台裏では、新しい決済システムがゆっくりと浸透しつつある。
例えば、米国のオンライン決済とIDプロダクトを扱うスタートアップ企業のFastは、先日、以前から同社に投資していたStripe(オンラインソリューションを提供、本社は米国)が主導する1億200万ドルのシリーズBの資金調達を完了したと発表した。オンライン決済大手であるStripeは、昨年のFast の2,000万ドルに上るシリーズAの投資も主導した。Fastによると、これまでの調達資金は1億2,400万ドルとなる。
イスラエルのeコマース及びオムニチャネル向け越境決済プロバイダCredoraは、支払いボタンの背後で起きている一部始終を説明した。
オンライン決済プロセスは、多くの稼働パーツの目まぐるしい融合になり得る。認証、為替レート、承認率のすべてが連動して、迅速で完全なトランザクションを実現することにより、eコマース事業者が次のレベルのビジネスを展開できる。
デジタル経済へ移行する中、迅速なお金の動きは、効率性と健全性の証である。しかしながら、米国BtoB決済の18兆ドルが、銀行口座に届くまでに数日かかるというのはどういうことだろうか。
それは、eコマース事業者にとっては、効率低下と現金化までの時間のロスを意味する。また、このような遅延は、消費者にとっては、多くの人が今必要であろう資金にアクセスできないことを意味する。そして、両者にとって取引の失敗も意味する。
「決済の承諾と承認は、eコマース事業者が克服しなければならない最も大きなハードルの一つだ」とCredoraxのCEOであるIgal Rotem氏は語った。
お金の動きが遅い
オンライン決済プロセスはゆっくりと変化している。しかし2021年、米国で40年ぶりに導入される新しい決済システムの本格的な始動によって、大きな動きがあるかもしれない。
米国の決済プラットフォームを運営する銀行協会および決済会社のThe Clearing Houseが開発したRTP(Real-Time Payments)は、米国の主要銀行が支持し、同国大企業の約40%が採用している、と語るのは共同CEOで決済オペレーションプラットフォームModern Treasury(米国)の創設者Dimitri Dadiomov氏。
RTPは決済の新境地であり、新しいスタンダードになるかもしれない。すでに、米国大企業の3分の1(36%)以上が、2017年に国内でローンチされたRTPを使用している。また、米国外でRTPはより多く利用されている。
Modern TreasuryはRTPをサポートし、企業と銀行のより簡単な連携を可能にする。このプロセスは、決済の自動化とスピードアップをもたらした。Dadiomov氏によると、同社は3,800万ドルのベンチャー資金を獲得し、毎月24%以上の成長を遂げている、とのことだ。
Dadiomov氏は、RTPの存在感はさらに増していくと予測している。米国のコンサルティング企業であるLevvel Researchの「2021 Real-Time Payments Market Report」(閲覧には登録が必要)によると、米国企業の66%が、今後2年間のうちにRTPを採用する可能性があると回答。米国外でRTPテクノロジーはすでに勢力を増している。
Modern Treasuryは、ACH(自動資金決済センター)や電信送金のスピードアップを求める法人顧客向けにRTPをサポートしている。ACHは電子決済を調整する銀行ネットワークだ。Dadiomov氏は、「ACH、電信送金、小切手は米国の資金循環全体の76%を占める」と語った。
さらに、「オンライン決済は、何十年も大きく変わることがなかったテクノロジーだ。決済は時間がかかり、その処理は面倒で、リアルタイムで現金の流れを見ることもできない。RTPは、決済、会計、お金の動きをスピードアップし、近代化するための大きな一歩だ」と説明した。
新たなメリット、リスクの低減
RTPによって、金融機関と企業はリアルタイムで決済の送受信ができる。その処理は、決済に3日かかることもある小切手、ACH、電信送金よりはるかに速い。Dadiomov氏は、米国では毎年18.5兆ドル以上のB2B決済が行われているが、いまだにその半分が小切手で行われていると指摘する。
RTPは、スピード以外でも現在のB2B決済とは異なる。以下の3つの新しいプロセスを可能にする。
1つ目は、より良いインサイトをもたらすための良いデータである。RTP取引ではない場合、ベンダーはクライアントからの支払いを自社銀行口座で確認するのがせいぜいだ。RTPの場合、データを一緒に転送できるため、決済と請求書、日付、発注書などの情報を確認することができる。
「企業は、顧客のニーズに対応する上で有利になり、自社の財務機能や意思決定の改善につながる」とDadiomov氏。
2つ目は、新しいプロセスによる継続的な可用性の実現である。RTPは、いつでも利用できる。これにより、RTP決済以外では従来の銀行稼働時間の制約を受けるが、RTPはより柔軟に対応することができる。
3つ目の利点は、決済失敗のリスクを軽減できることだ。RTP決済は取り消しができない。資金が十分無い限り、支払い指示は送信されない。これにより残高不足のリスクは軽減される。
シームレスなオンラインチェックアウトの実現
eコマース事業者視点から見ると、シームレスなチェックアウト体験実現のためには、3段階の最適化が必要である。それは、「決済の改善」、「インテグレーション(統合)」、「発行会社の対応」であるとCredoraxのRotem氏は語った。
顧客へ真にシームレスな体験を提供できれば、購入を完了する可能性も増える。また、eコマース事業者がトランザクションを追跡し、買い物客から最大限の利益を得ることが容易にもなる。
「チェックアウト」の最適化によって、消費者がオンラインで商品代金を支払う際に必要なステップを減らすことができる。ステップが少ないということは、ストレスも減り、カート(に商品を入れたままで)の放棄も減ることを意味する。
Rotem氏は、「顧客がどの国でショッピングしても、便利で慣れている決済体験を得られるように、現地で好まれる決済方法や複数の通貨オプションを用意することが不可欠だ」と語った。
次に、「インテグレーション」の最適化とは、消費者に信用できないウェブサイトでクレジットカードの詳細を入力させない、ということだ。決済のゲートウェイを適切に設定し、他のエクスペリエンスと同じ見た目と操作性で決済プロセスに統合することが重要だ。
この最適化には、承認プロセスや企業取引で得た構造化データも含まれる。このように、eコマース事業者は、処理チェーンのどこで不承認が生じたのか、そしてその理由は何かを素早く特定し、取引のスムーズな流れを監視することができる。
そして、「発行会社」の最適化は、決済システムの最後の砦だ。決済がゲートウェイとアクワイアラ(加盟店契約会社)を通過した後、トランザクションを承認するかどうかの最終的な判断は発行会社に委ねられる。
Rotem氏によると、「面白いことに、発行会社それぞれに独自のルールがある。そのルールは複雑で定期的に変更されるため、常に把握するのは難しい」という。また、「この問題に対処するために、eコマース事業者は絶えず発行会社がどう考えるのかを学び、彼らがビジネスを行う分野で取引が拒否された理由を理解しなければならない」と続けた。
決済の裏側
支払いボタンの裏側で何が起こっているかが重要だ。取引を成功させるためには、迷路のようなステップを問題なく実行する必要がある。消費者が購入を決定し、詳細情報を入力し、支払いボタンをクリックしたとしても、承認率などさまざまな要素によって必ずしもその注文が完了するとは限らない、とRotem氏は注意を促す。
どの取引にも複数の関係者が関わっている。それぞれが取引を中止させたり、eコマース事業者の承認率に影響を与えるパワーを持っている。eコマース事業者にとって、このプロセスを管理する決済パートナーとの協力が非常に重要になる。
「しかし、顧客が決済プロセスのこの部分を見ることは決してない。彼らは、取引が拒否された理由が、eコマース事業者や小売業者とは関係ないことだという点を理解していない。残念ながら、顧客に関して言えば、もう取り返しがつかないのだ」とRotem氏は語った。
同氏はその理由を、顧客は取引プロセスを完了できなかったeコマース事業者から再度購入しようとはしないものだからだ、という。
さらに、「だからこそ、eコマース事業者は決済プロセスを最適化しなければならない。やらなければコンバージョンを失い、将来的に失ったコンバージョンの累積的ダメージを受ける危険性がある」と語った。
RTPの強み
ビジネスと経済のスピードは加速する一方であり、RTPの採用は避けられない。Modern TreasuryのDadiomov氏は、「RTPは決済が瞬時に行われるため、とにかく利便性が高い」と指摘する。
企業は、RTPの最も魅力的なメリットとして、「資金へすぐにアクセスできること」を挙げていることが、Levvel社のレポートで明らかとなった。76%もの企業が「RTPの採用によってライバル企業に対して優位性を持てる」と回答した。
より多くの企業がRTPを採用すれば、他の企業も競争力を維持するために後に続くだろう。RTP以外では、連邦準備制度理事会(the Federal Reserve)が、2023年または2024年にリアルタイム決済システムのFedNowの導入を予定している。
消費者は、リアルタイム決済によって、小切手の決済を待たずにすぐ資金を運用できる。給料ぎりぎりの生活をする消費者にとっては、金利の高い短期ローンの利用や、当座借越を減らすことができる。
また、RTPによって、売掛金や買掛金などのバックオフィスの基本的プロセスの運用要件がスピードアップし、コスト削減につながる可能性もある。また、当然こうしたコスト削減が、顧客に還元されることとなる。
※当記事は米国メディア「E-Commerce Times」の6/3公開の記事を翻訳・補足したものです。