楽天と日本郵政の資本業務提携はEC業界をどのように変えていくのか
2021年3月12日に発表された楽天グループと日本郵政グループの資本・業務提携は、EC業界だけでなく、日本のビジネス業界に大きな衝撃を与えた。そして、その提携の賛否がオンライン上でも繰り広げられている。そこで今回は、今回の2グループの業務提携がEC業界にどのような影響を与えるのか考えていく。
資本・業務提携の内容
まずは、その資本業務提携の内容について改めて整理してみよう。楽天のプレスリリースなどの情報から総合すると、今回、日本郵政グループは1,500億円を楽天グループに出資。これは楽天株式の8.32%にものぼる額となる。この出資と同時に物流・モバイル・DX領域を中心に業務提携を締結する形となっている。
具体的には、物流面では、共同物流拠点の構築や新会社設立を含む物流DXプラットフォームの共同事業化、両社のデータの共有化などが挙がっている。また、DX面では、楽天グループから日本郵政グループに対してDX人材の派遣を行うとしている。また、EC面では 物販分野での協業も行うとのこと。
また、同時に中国のIT大手で、WeChatなどのサービスを展開するテンセントの子会社が657億円(楽天株式の3.65%)、楽天と2018年から提携を行っている米国のウォルマートが166億円(同0.92%)を出資。テンセントについては、提携戦略を改めて公表するとしている。
この資本業務提携がEC業界に与える3つの影響
この資本・業務提携がEC業界に影響を及ぼすポイントは大きく分けて物流、決済・ポイント、ECフロントの3点だろう(当記事ではモバイル、保険、銀行関連の話題は割愛する)。この3点についてどのように影響を及ぼすかそれぞれ見ていこう。
物流面
まず、この提携の物流面の影響を語る前に、ここ数年のEC物流業界の流れを整理していこう。
2017年の春に起こった「宅配クライシス」を機に、EC物流業界は大きく変わった。宅配クライシスは、ヤマト運輸の全面値上げとAmazonからの撤退も辞さないとの日経の報道に端を発した、サービスレベルの不均衡が生じていた、国内のEC物流システムの根底を大きく揺るがしたEC物流業界の全面値上げ問題だ。
当時のAmazonは配送の多くをヤマト運輸に頼っていたため、これを機に赤帽など個人事業者の配送業者連合を自社で組織し、物流ネットワークを再構築することで危機を乗り越えた。しかし、現在でも十分な配送体制が整っているとは言い切れず、依然としてなんとかその柔軟性を保っている状況である。
Yahoo!ショッピング等を傘下に持つZホールディングスは2020年3月にヤマトホールディングスとの提携を発表し、ヤマト運輸の物流拠点を活用してYahoo!ショッピングやPayPayモールの配送を代行するサービス「ヤマトフルフィルメントサービス」を同年6月より開始した。さらに2021年3月10日にはサービスのリニューアルが発表され、同年4月1日からサイズ別の全国一律配送料金が提供開始になるなど、サービス内容の拡充に関する取り組みが続けられている。
このように宅配クライシスからの再構築が行われている中、日本国内の3大ECモールのうち楽天だけが物流面で大きく後れを取っていた。3,980円以上の購入において送料が無料になる「送料無料ライン」を2020年3月より提供開始することを大々的に発表するも、独占禁止法にあたると公正取引委員会の調査が入り、問題になったのだ。楽天の出店社連合である楽天ユニオンからは「実際は平均化された送料が上乗せされるシステムであり、店舗・消費者ともにデメリットが大きい」と反発され、その対応などからイメージが悪化。このような経緯もあり、国内3大ECモールのうち十分な物流サービスを提供出来ていない楽天は、喉から手が出るほど物流パートナーが欲しかったと言える。
一方、日本郵政は葉書を含む郵便物の引受数が2016年度の177億通から2018年度は168億通となり、1年あたり4~5億通のペースで減少している。ゆうパックの引受数は2016年度の約6億個から2018年度の約9億個と増加しているものの、ヤマトの宅急便取扱実績は同期間において約18億個のラインを保っており、この大きな溝は簡単には埋められるものではなかった。そんな両社にとって今回の資本業務提携は転機ともなりうるものであり、郵便局での店頭受け取りなどいくつもの物流施策が考えられる。
しかし課題もある。日本郵便の宅配品質やサービスレベルは、ヤマトや佐川と比較すると決して高くはない。その背景にはもともと「国営の郵便屋さん」であったことが大きく影響している。例えば、現状の日本郵便は倉庫まで集荷に行かず、郵便局への持ち込みが原則となっており、このプロセスであればEC事業者との契約が可能というスタンスだ。この背景には、人手やトラックが不足しているなどの問題もあるのだろう。また、日本郵便が従来の物流システムで物流拠点を徐々に増やしているのに対し、ヤマトは通常の物流拠点とは別に、テクノロジーにより従来の2倍の処理能力を持つ物流センター「クロノゲート」を開設するなど、DX化が進んでいる。また、楽天に出店している店舗には、Amazonフルフィルメントを使っているところや、ヤマトや佐川と契約しているところも多いはずだ。そのような中で保守的で、サービスレベルがEC事業者が求めるレベルに達していない部分が残る「官」の日本郵政にスムーズにスイッチ出来るのか、不透明な部分も多い。しかし、重要書類は郵便で送るという風潮も社会には残っている。そして「国営の郵便屋さん」の強みを活かせる小さな商品やアパレルにおける「ポストイン便」には、競合に対する強みを持つ。それらをどのように活かし、楽天と新しい物流サービスを構築していくかが今後のポイントになりそうだ。
日本郵便は日本通運との事業統合を進めるべく2008年にJPエクスプレスを設立したものの、大失敗に終わった経歴がある。原因は大幅な赤字や全国的な遅配の多発、総務省の認可を得られなかったこと、ガバナンスに問題があり準備不足の状態で強行したことなどが挙げられるが、このような失敗を経た今でも国営時代の体制から脱しきれていない点には不安が残る。今回の資本業務提携を成功させるためには、日本郵便は抜本的な構造改革に取り組み、また、楽天側からも昨今のデジタル事情を踏まえた物流再構築のサポートをしっかり行っていくことが必要となるだろう。
決済・ポイント
楽天経済圏といわれる楽天ポイント・楽天Payを利用可能な店舗は、オンラインだけでなくオフラインにおいても順調にその数を増やしている。加盟店数は非公開であるものの楽天ポイントの累計発行数が2020年9月時点で2兆ポイントを突破し、今年の3月22日から約2,700店舗のすかいらーくグループで楽天ポイントカードが順次利用可能になるなど、実店舗において、楽天のロゴを見ない日はほとんど無くなってきている。
一方、日本郵政グループは、2019年5月、多くの競合がひしめき合う電子決済領域で「ゆうちょPay」を開始。多くの顧客を抱える日本郵政グループだけに可能性を感じる部分もあるが、他サービスと比較して加盟店数が少なく、ポイント還元が存在しないなどの差別化要素が少ない。多くの店舗が電子決済の導入を進め、電子決済事業者各社がサービス品質の向上でしのぎを削る中、ゆうちょPayは利用するメリットに乏しく、他サービスに埋もれているのが現状だ。ゆうちょ銀行の主な顧客層は高齢者のため、電子決済以前にスマホを使いこなせるユーザーがそれほど多くないという背景もある。
このような現状から、遅かれ早かれ、ゆうちょ銀行が持つ全国約2万4,000の窓口で楽天ポイントの利用が可能となり、約1億2,000万の通常貯金口座にリーチしていくことになるだろう。そうすることで、これまでリーチできていなかった高齢者層に対して一気に浸透を図り、楽天経済圏の更なる拡大が期待できる。一方日本郵政グループにとっても、遅れを取っているDX面で楽天の推進力やテクノロジーやノウハウを取り入れ、一気にDX化を進めるチャンスとなるだろう。
ECフロント
eコマースサイドでは、両社の資本業務提携が与える影響やそれがもたらす変化は、そこまで大きくないが、大きく化ける可能性は無いことも無さそうだ。
2018年10月に楽天は西友と業務提携し、「楽天西友ネットスーパー」を開店し、好調なスタートを切っている。これは、楽天が持つECのノウハウと西友が持つ実店舗のノウハウという両社の強みを活かし、お互いの弱みを課題として認識し、業務提携でその点を補い合うことができたからだ。
今回の提携でもそのような関係性をしっかり理解することで可能性は広がる。
例えば、日本郵政はECサイト「郵便局のネットショップ」を細々と運営しているが、そのターゲットや目的が非常に見えづらく、サービス拡大の方向性を見出すことも難しい。しかし楽天の力を借りることで、今も行っている日本全国の特産品の販売についても、各地の郵便局で取り寄せて、郵便局ネットワークを活用して配達するような、新たな特色を持たせていくことも可能になる。楽天側からすれば、その延長線上で、ふるさと納税の更なるサービス拡大が視野に入り、郵便局やゆうちょ銀行の店頭に設置されたタブレットで楽天の商品を注文する、といったこともできそうだ。既存のユーザー層である高齢者を取り込むために、郵便局やゆうちょ銀行の店頭に置かれている大量のチラシから楽天市場への注文を可能とする「逆DX化」など、その結果が楽天経済圏と楽天ポイントユーザーの拡大に繋がるのであれば、こういった取り組みも進めていく可能性もある。単に、楽天市場に、こじんまりとした、日本郵政のショップが開店されることだけで終わらせて欲しくはない。
楽天が見据えるECの未来像
今回の一連の出資では、世界第五位の時価総額を誇る超巨大企業のテンセントが楽天に出資するなど、海外からの資金調達も目に付く。しかし、この資本業務提携で楽天の海外進出が進むということはほぼ無いだろう。あくまで海外の巨大企業が日本への足掛かりを必要としていたというだけで、楽天はソフトバンクやAmazonと違いグローバル展開を今回の提携で完全に捨てたと言っても良いかもしれない。
上述したような様々な可能性が溢れる一方で、高齢者の多い郵便局店頭で、それほどITスキルの高くない郵便局員が楽天ポイントや決済、モバイルなどの販促を行うことは特に地方では受け入れられるとは思えず、提携の成果の創出に向けては高いハードルがいくつもありそうだ。また、依然として郵便法に縛られた業務が業績を逼迫しており、宅配の現場ではこのコロナ禍でさらに多くの業務量をこなしていて人員不足が深刻化している。そのような現状から、規制を積極的に打ち破ることや、ラストワンマイル配送に楽天が検証中のドローン技術の商用化実現など、数年後を見越した取り組みも進めて欲しい。
これほどまでに両社の既存顧客の強みと弱みが明確で、かつその両社の課題をしっかりと埋めることが出来る提携も非常に珍しい。どこからどう見ても、リアルが発展途上でそれほど強くなく、オンラインは強い楽天グループと、その真逆の日本郵政グループと言う構図だ。高齢者ユーザーの獲得に苦労している楽天グループと、若年層への存在価値を作りきれていない日本郵政グループと言ってもいい。
そのようなことを考えると、この提携はYahoo!とLINEの提携以上のものを生み出す可能性もあるだろう。もちろん成果が出るまでに多くの時間がかかるかもしれない。しかし、日本郵政も、楽天もお互いの力をリスペクトし合い、お互いの力を最大限に活かすことが出来ると、日本のDX化、そしてEC業界の地図もまた大きく変わる可能性を感じずにはいられない。