マーテックは、ツールや統合の入り組んだ網の目のようになっている。AIエージェントは、よりシンプルでスマートな未来への鍵となるだろうか。


長年にわたり、マーテックのエコシステムは絶え間なく拡大してきた。私たちは今、特定のマーケティング課題を解決するために設計された、膨大な数のツールに囲まれている。しかし、この急速な成長によって複雑さが生じ、多くのマーテックスタックが扱いにくいシステムになってしまった。

AI主導型エージェントの新しい波は、この状況を覆し、マーケティングテクノロジーにより合理的かつ効率的なアプローチを提供することを約束している。AIは、絡み合ったプラットフォームの網をほどき、より簡素化された、パワフルなマーテックの未来を創り出すことがいよいよできるだろうか。

 

マーテックの現況:複雑さの寄せ集め

マーテックは、大部分が断片化された状況である。企業は、マーケティングオートメーション、CRM(顧客管理)、コンテンツ管理、アナリティクス、CDP(顧客データプラットフォーム)など、さまざまなツールを組み合わせて利用している。これらのツールは、それぞれが特定の課題を解決しているが、機能が重複していることも多い。

これは、大手ベンダーが異なるテクノロジーを持つ中小企業を買収したことに起因している。表面的には、これらのバンドル製品は「ワンストップショップ」を約束するが、実際には、複雑なユーザーエクスペリエンス、統合の問題、ベンダーロックイン(特定のベンダーの製品やサービスに依存することで、他のベンダーの製品やサービスに切り替えることが難しくなる現象)を生み出している。その結果、機能させるために継続的なITやシステムインテグレーターのサポートが必要となり、システムの「フランケンシュタック(さまざまなソフトウェアやツールを組み合わせた結果、互換性や統合性に問題が生じ、管理が難しくなっているテクノロジー環境)」が発生しているのだ。 マーテックが成長を続ける中で、複雑さは避けられない副産物のように思えるかもしれない。しかし、AIエージェントは、マーケティングタスクに対するアプローチ方法を変革している。AI は、セグメンテーション、パーソナライゼーション、クリエイティブの適応、データクレンジング(不正確や不要なデータを削除し、データセットを正確かつ一貫性のある状態に保つこと)、キャンペーンの最適化などのタスクを根本的に効率化できる可能性がある。

 

AIエージェント:ゲームチェンジ

AIエージェントとは、自己学習し、継続的に進化するシステムであり、人間の介入を最小限に抑えながらデータに働きかけることができる。

貴社のAI エージェントが以下のことを行えるシナリオを想像してみてほしい。

・複数のソースからデータを収集・統合し、さまざまなスキーマ(情報を処理、理解、利用するための構造や枠組み)を単一の一貫したフレームワークに自動的にマッピングする。

・パフォーマン指標を分析し、人間の意思決定を鈍らせることが多いバイアスを排除して、リアルタイムで最適化を提案する。

・適切なオーディエンス、コンテンツ、チャネルを特定してマーケティングキャンペーンを実行し、学習しながらこれらの選択を継続的に改善する。

・何か月もかかるカスタムAPIの作業に頼るのではなく、すぐに使えるアーキテクチャにより、新しいプラットフォームと迅速に統合する。

このような機能の兆候はすでに現れている。パーソナライズされた商品リストを提供するレコメンデーションエンジンから、自動化された顧客エンゲージメントを促進するチャットボットまで、構成要素は存在している。

 

数多くのシステムから3つのレイヤーへ:より簡素化された未来を思い描く

マーテックを「データレイヤー」、「インテリジェンスレイヤー」、「デスティネーション」という3つのカテゴリーにスリム化することはできるだろうか?可能性は十分にある。AIエージェントがデータをシームレスに統合・解釈できるようになれば、多数のポイントソリューションを設ける必要性は低下するかもしれない。

この3つのレイヤーについて、簡単に説明しよう。

 

データレイヤー

このレイヤーは、マーケティングにフィードされるデータリポジトリ(データライブラリやデータアーカイブ)とソース(内部と外部)で構成される。従来のCRM、CDP、データレイク(大量のデータを元の形式のまま1か所に格納しておくための保管庫)のいずれを使用しているかに関わらず、これらのリポジトリはすべて、統一された、AIが解釈する環境内で効果的に存在することができる。ここでは、データの標準化とアクセスが重要な焦点となる。


インテリジェンスレイヤー

インテリジェンスレイヤーは、データを分析し、インサイトを引き出し、キャンペーンを調整し、ユーザーの行動を予測する。また、センチメント分析や画像認識のようなニッチな領域に特化した外部のAIサービスと統合して、インテリジェンスをさらに強化することもできる。


デスティネーション

出力チャネルは、マーテックの「行き先」である。それには、メールサービスプロバイダーからソーシャルプラットフォーム、eコマースポータル、Webサイト、モバイルアプリなど、あらゆるものが含まれる。


簡素化された未来では、インテリジェンスレイヤーがこれらのデスティネーションに最小限の摩擦で接続し、適切なメッセージが適切な人に適切なタイミングで届くようになる。

この簡素化されたモデルにより、マーケターが日々取り組んでいるツールの複雑さが大幅に軽減される可能性がある。とはいえ、このバラ色のビジョンは本当に実現可能なのだろうか?

 

潜在的なメリットと課題

AIエージェントはマーテックの合理化を約束するが、そのメリットを実現するには、主要な障害に取り組む必要がある。


メリット

・複雑さの軽減: 機能の多くが堅牢なインテリジェンスレイヤーに統合されれば、マーケターは、ベンダーロックインや重複する機能の無限ループからようやく抜け出せる。

・スケーラビリティとスピード: AIエージェントが指揮を執れば、企業は現在よりもはるかに短い時間で、何百万人もの顧客向けのキャンペーンをハイパーパーソナライズできる。大規模な運用チームの必要性は減り、マーケターは日常的な実行作業ではなく、戦略に集中できるようになる。

・チーム間の連携強化: アナリティクス、セールス、コンテンツ管理、アトリビューションのために別々のシステムを使う代わりに、適切に設計されたAIプラットフォームによって、マーケティング、IT、データサイエンスの各チームを、同じコアセットの目的とデータ標準のもとに統合することができる。


課題

・データ品質とガバナンス: AIは特効薬ではない。AIエージェントの能力は、入力されるデータの量と質に依存する。データガバナンスが不十分な場合、不正確なインサイトや誤った意思決定につながる可能性がある。

・ベンダーの適応: 大手マーテックベンダーが一夜にして消えることはないだろう。彼らは、自社のエコシステム内でAI主導の機能を提供する方向に転換する可能性が高いが、慎重に実行しないと複雑さが残ることになるだろう。

・組織の変化: 新しいモデルへの移行には、技術的な転換以上のものが求められる。AI主導の取り組みを中心に社内プロセス、役割、予算の調整が必要となる。これは、大企業や老舗企業にとっては困難な作業である。

 

業界や組織のデータと目標の重要性

AIエージェントが真に付加価値を生むにはどうすればよいのだろうか。AIの基本能力と組織や業界に関する深い専門知識を組み合わせることが、その答えである。あるAIソリューションプロバイダーが、堅牢なプラットフォームを引っ提げて参入してきたものの、特定の市場やブランド独自のセールスプロポジション、社内のデータ構造についてはほとんど理解していないとしよう。このプロバイダーはAIを活用したマーケティングの基本バージョンは構築できるかもしれないが、すぐに驚くべき成果を上げることができるだろうか。

真の成功には、以下のような協力的なアプローチが必要となる。

・主題専門家(SME): 業界と組織の目標の両方に精通した人材がプロジェクトをリードし、ビジネスにとって最も重要なメトリクスを定義する必要がある。

・データスチュワード: 社内(および社外)のデータの流れを理解する人材が、適切な統合と品質を確保する。

・部門横断型チーム: マーケティング、IT、アナリティクス、さらには製品チームをまとめることで、AIの可能性を最大限に活用できる総合的な環境を構築する。


これらの役割が適切に統合されることで、AIエージェントは高品質のデータを取り込み、ビジネス特有のニュアンスを解釈し、はるかに少ないミスでマーケティングのベストプラクティスを適用できるようになる。戦略を設定し、ブランドの完全性を確保し、コンプライアンスを監視するためには、人間の要素が極めて重要であることに変わりはない。確かにAIは驚くべきことをすることができるが、それでも人間の専門知識が必要なのだ。

 

AI時代における役割の変化

AI革命の最もエキサイティングな部分のひとつは、マーケティング部門とテクノロジー部門の役割が再編される可能性があることである。その可能性について考えてみよう。

Mops(マーケティングオペレーション)チームは、キャンペーンを直接実行するのではなく、AIソリューションのオーケストレーターへと進化する可能性がある。このチームは、AIエージェントを効果的に操作し、最適な結果を得るためにキャンペーンを微調整する方法を学ぶ必要があるだろう。

・データサイエンスチームは、マーケティングの中心に位置し、モデルの構築、データクリーニング、AIベースのレコメンデーションを改良するための実験を推進することになるだろう。

ITと統合のスペシャリストは、長期にわたる統合プロジェクトから、AIエージェントがシームレスに接続できるモジュール型インフラの設計に重点を移す可能性がある。

・ソリューションプロバイダーやシステムインテグレーターは、AIを利用したシステムが複雑化するにつれて、専門知識や戦略的コンサルティング、継続的な運用サポートが必要になるため、より重要な存在になる可能性がある。


AIが成熟するにつれて、いくつかの役割や責務は間違いなく進化するだろう。しかし、戦略、創造性、ドメインの専門知識など、特に人間による監督の必要性はなくなることはなさそうだ。AIがより戦術的な機能を担うようになるにつれ、その必要性はさらに高まるかもしれない。

 

「サービス・アズ・ア・ソフトウェア」の新時代

「サービス・アズ・ア・ソフトウェア(サービスとしてのソフトウェア、ソフトウェアに特定のサービスを包括的に組み込む概念)」という言葉をまだ聞いたことがなくても、すぐに耳にするようになるだろう。この概念は、ベンダーがコンサルティング、実装、データ管理などの専門サービスを、より明確にソフトウェア製品にパッケージ化し始める可能性があることを示唆している。

これは、AIを活用したマーテックの分野では理にかなっている。AIを最大限に活用するためには、企業はテクノロジーとビジネス領域の両方を真に理解する専門家からの継続的なガイダンスを必要とすることが多いからである。

ベンダーの観点からは、これらのサービスをサブスクリプションモデルにバンドルすることで、より予測可能な収益源が得られる可能性がある。これにより、大規模な社内チームを構築することなく、企業にAI導入へのターンキーアプローチ(即座に利用可能なソリューション)を提供することができる。しかし、それは単一ベンダーのエコシステムに依存することに関する疑問も提起する。このような依存関係は、従来のマーテックバンドルの古い複雑さを再現するものになるのだろうか。それとも、よりクリーンで調和のとれたエクスペリエンスを提供するのだろうか。

 

将来への展望:可能性と落とし穴

AIエージェントがマーテックを数レイヤーにまで簡素化する未来に興奮するのは簡単である。次のことを思い浮かべてみてほしい。

・マーケティングチームは、矛盾するシステムに悩まされたり、ベンダーとの絶え間ない交渉に直面したりする必要がなくなり、時間、コスト、ストレスを節約できる。

・リアルタイムで適応し、ハイパーパーソナライズされたメッセージを大規模に配信するキャンペーン。これは、人間の限られた労力では管理が難しいものである。

それでも、私たちは地に足をつけて考える必要がある。ここで説明した変革の中には、完全に実現するまでに数年から数十年かかるものもあれば、思い描いたとおりに実現しないものもあるかもしれない。AIテクノロジーは急速に進化し続けているが、組織構造、ビジネス文化、規制環境の適応は遅れている。

以下は、検討すべき重要な問いかけである。

・大手マーテックベンダーがAIへの移行に成功し、自社のエコシステムの関連性を維持することができたとしたらどうなるだろうか?それによって、AIの機能や複雑さが新たに重なり合うことになるだろうか、それとも状況が簡素化されるのだろうか?

・データのプライバシーや倫理的配慮への対処はどうなるだろうか?AIエージェントの自律性が高まるにつれて、規制基準を確実に遵守することが最も重要になる。

・AI主導のマーケティングが主流となる未来において、何が最も重要なスキルセットとなるだろうか?組織は、追いつくためにトレーニングや能力開発に十分な投資を行っているだろうか?


慎重な楽観主義で未知の世界を受け入れる

AIエージェントのおかげで、マーテックの未来は確かに構造がシンプルでありながら、機能がより強力になるかもしれない。大手ベンダーの傘下に多数のポイントソリューションを集積する従来のモデルには、変革の余地がある。

AI主導のエージェントが普及し、データ、インテリジェンス、デスティネーションを含む、よりシンプルなスタックセットを構築する可能性が出てくれば、マーテックの獲得や展開方法に大きな変化が起こるかもしれない。

とはいえ、何も決まっていない。ある予測はすぐに実現するかもしれないし、ある予測は異なる形に変化し、ある予測は消えていくかもしれない。同時に、AIエージェントが持つ力を完全に否定することは誰にもできない。この可能性を受け入れ、AIテクノロジー、業界の専門知識、組織戦略の適切に組み合わせて投資する組織は、効率性の向上、パーソナライゼーションの向上、顧客エンゲージメントにおける前例のない規模拡大など、大きな成果が得られる。

大手ベンダーも手をこまねいているわけではいない。ほとんどのベンダーは、AIを自社製品にさらに深く組み込む方法をすでに研究している。AI導入の複雑化によって、より専門的なコンサルティングの需要が高まるため、システムインテグレーターやソリューションプロバイダーは自分たちの役割が変化し、さらには拡大することに気づくかもしれない。「サービス・アズ・ア・ソフトウェア」もまた、サブスクリプションモデルにパッケージ化されたベンダー主導の専門知識を約束するものとして、間近に迫っている。

重複する機能やベンダーロックインを伴った、大規模なマーテックスタックの時代は終わりを迎えようとしているのだろうか?そうかもしれない。AIエージェントがマーケティングプロセス全体を合理化できる環境の種は、まかれつつある。このような変化が訪れたとき、貴社と貴社組織はそれに適応し、さらには成功するための準備はできているだろうか? これからの数年間は、マーテック分野に携わる誰にとっても興味深いものになることは間違いない。このような可能性をさらに探求する準備ができているのであれば、今こそ厳しい問いかけを始め、適切なチームを編成し、自社の目標やデータの現実に合った方法でAIの実験を始める時である。結局のところ、未来は、戦略的な計画と、テクノロジーと人間の知性の適切な組み合わせによって、未知のものを受け入れる勇気のある人たちのものになるだろう。

 

※当記事は米国メディア「MarTech」の2/24公開の記事を翻訳・補足したものです。