AIツール同士やAIから人間のサービス担当者への引継ぎで、顧客はフラストレーションを感じやすい。
The All-England Lawn Tennis Club(オール・イングランド・ローン・テニス・クラブ:テニス四大大会のひとつであるウィンブルドン選手権を開催する英国のテニス競技場)は、ウィンブルドン大会の線審(ボールが線外に出たかなどを判定する人)をAIによる判定に置き換えると決定した。この決定は顧客体験を根本的に変える。一部の人にとっては、これは歓迎される変化だろう。審判は、きわどい判定で激高した選手と議論する必要がなくなる。またその他の人たち、特に大会関係者にとっては、開会式で選手と審判を紹介する伝統的で華やかな儀式を、大幅に変更しなければならなくなる。
このテクノロジーは正確性と効率性の改善を約束する一方で、人とブランドのインタラクションへの影響について疑問を投げかけている。
これは、顧客体験におけるAIの役割が増大している一例にすぎず、その背景には顧客体験に対する顧客の期待の高まりがある。86%の人が、優れた顧客体験のためなら支払額がより多くなっても構わないと考えている。高級で豪奢なサービスには13%まで(最高で18%)価格の上乗せを許容できる、と回答している調査結果もあるのだ。
現在、マーケターは目に見える顧客対応から舞台裏の業務まで、すべてを形作るアルゴリズムの言いなりである。これは、マーケターの役割が、テクノロジーの進歩と人間的なつながりの適切なバランスを保つことにあることを意味する。
「顧客のために出入口のスロープが必要だ」と、顧客重視の経営コンサルタントで、認定顧客体験プロフェッショナルであるLynn Hunsaker氏は語る。だからこそマーケターは、最初のエンゲージメントから最後のエンゲージメントまで、顧客ジャーニーすべてを理解し、AIがそれをどう改善できるかを見極めなければならない。
顧客体験におけるAIの二面性
AIには、目に見えるものと目に見えないものという主に2つのタイプがある。目に見えるAIは、チャットボットやバーチャルアシスタントのように顧客と直接やりとりする。これらのツールは、即時的なサポート、質問への回答、日常会話などもすることができる。目に見えないAIは、舞台裏で動作し、データ分析、プロセスの最適化、エクスペリエンスのパーソナライズのような作業を行う。
最高の顧客体験は、これらのプロセスをシームレスに組み合わせたものである。たとえば、結婚式用のドレスを購入する簡単なプロセスを見てみよう。このトランザクションは、通常の問題解決より複雑であるため、複数の当事者が処理しなければならない。
目に見えるAIであるチャットボットが最初の問い合わせに対応するが、目に見えないAIは顧客の気分や緊急度を評価する。AIは人間の担当者にこの問題を伝え、顧客の履歴、感情、潜在的な解決策に関するデータを提供する。こうして、より早く、より共感しながら問題を解決することができる。
マーケターと顧客体験リーダーは、可視、不可視両方のインタラクション同士をAIがどのように移行するかについて、警戒しなければならない。これらの引継ぎによって、それぞれの段階で顧客に名前、口座番号、問題を何度も答えさせて、不満を感じさせないようにする必要がある。
AI搭載のセンチメント(感情)分析は、顧客が満足しているか、不満に思っているかを識別でき、そのデータは対応する関連チームに提供される必要がある。顧客サポートでも同様に、AIは、ボットが人間の担当者に引き継いだとき、担当者が顧客の感情を含む必要な情報すべてにアクセスできるようにしなければならない。
顧客体験向上のために改善できる部分は
ここでは、顧客体験を記録し、プロセス内の改善可能な部分を特定するための演習を紹介する。
1. 改善が必要と思われる顧客ジャーニーを特定する。
社内ではよく理解されているものの、顧客に問題を引き起こす恐れのあるプロセスを探す。
2. ジャーニーの各段階を代表する組織横断的なチームを招集する。
調査対象のジャーニーに最も詳しい人に参加してもらうこと。たとえば、ソフトウェアのプログラムをアップグレードするには、プロダクトマネージャーとサポートマネージャーの参加が必要である。
3. それぞれのチームメンバーに、1人の顧客に起こったことを最初から最後まで記録させる。
チームメンバーは、(プロセスではなく)顧客が何をしているのか、顧客がどう反応しているかに集中しなければならない。
4. 記録を比較し、違いに注目する。
5. ジャーニーの一部を担当する部門に割り当て直す。
たとえば、請求に関する事項は売掛金担当部門に、製品に関する問い合わせは製品マーケティング部門に割り当てる。そして、各部門に顧客とのやり取りでの改善点を文書化させる。
6. チームを再招集し、プロセスにおける引継ぎに最大の注意を払いながら、修正されたエクスペリエンスを用いて顧客ジャーニーを展開する。
目的は、可能な限り最高の顧客体験を記録することであることを忘れないでほしい。
AIの使用は、パーソナライゼーション、効率性、顧客サポートを改善する一方で、課題もある。AIシステムは、共感性の欠落、文脈の誤解釈、データプライバシーに関する懸念などを引き起こす場合がある。テクノロジーへの過度の依存は、冷たい対応や強い偏見につながる可能性があるのだ。