同社がCookieを廃止することでうまくいったこと、うまくいかなかったこと、そして現在どのようにマーケティングを行っているかについて。

 

サードパーティCookieを使わずにデジタルマーケティングを行うには、どうすればよいだろうか?それは、貴社のマーケティングやマーケティングテクノロジーにどのような影響を与えるだろうか?

 

米国のテクノロジー企業Sentry.ioは昨年7月に、すべての広告とトラッキングのCookieを廃止した。同社のグローバルマーケティング担当副社長Elain Szu氏は、1年以上プランニングしてきたにもかかわらず、まだ驚かされることがあったと話す。

 

「広告目的のCookieが、エコシステムや使用するすべてのツールにどれほど深く根付いているか、必ずしも理解されているわけではない」と、同氏。

 

Sentryは、SaaS(ユーザーがインターネットなどのネットワークを経由して、ソフトウェアやアプリケーションを利用できるサービス形態)のエラーとパフォーマンスのモニタリングを開発者に提供している。この取り組みの背景にあったのは、Cookieに対する非難だけではない。Szu氏とそのチームは、同社が顧客とどのようにつながるかを検討しており、顧客獲得のためにGoogleに過度に依存してしまうことを懸念していた。

 

「分別のある理性的なマーケターであれば、『(Cookieの廃止は)できるだけ遅らせるべきだ』と言うだろう」と同氏は話す。「我々は少し違ったアプローチをとった。我々は2022年からそれについて考えてきた。それは、当社の全体的な顧客獲得戦略、当社がオーディエンスにアピールするために注目するさまざまなソース、そして全体的なカスタマージャーニーに関する会話によって大きく推進された」。

 

Cookieを使い続けることによる代償

このことが顧客獲得に与える影響について、多くの懸念があった一方で、Cookieを削除しなかった場合に顧客がどのように反応するかについても、多くの懸念があった。Sentryの顧客は開発者であり、Szu氏が言うように、「開発者は本質的に、トラッキングされることを非常に嫌う」。

 

また、開発者は、ありふれたマーケティングのように感じられるものに対しても非常に過敏である。このことは常に、彼らとつながるためにSentryが行った取り組みの核心である。

 

オープンソースプロジェクトとしてスタートしたSentryは、自社の原点をコミュニティに置いている。企業は、Sentryのコア製品を無料でセルフホスト(ツール群やオペレーティングシステムの一部であるプログラムを使って、同じプログラムの新しいバージョンを作ること)し、必要に応じて変更することができる(SentryはFunctional Source License(非オープンソース機能ライセンス)に基づいて利用可能であるため、ユーザーが唯一認められていないのは、現行バージョンを2年間再販売することである)。同社のWebサイトには、「Sentryはオープンソース企業である。なぜなら、学び、学んだことを他者と共有する権利は、製品の成長と関連性にとっての基礎であるからだ」とある。

 

オープンソース開発者のコミュニティは、自分たちの価値観が尊重されなければ強く反発するものである。しかし、ある企業について、彼らが本物で、自身の価値観と一致すると判断すれば、彼らは驚くほどロイヤルになり、喜んで他の人にも伝えてくれる。

 

「我々は、オープンソースコミュニティに収益化やマーケティングを押し付けないという事実を非常に意識し、熟慮してきた」とSzu氏。「我々は開発者向けコンテンツや技術チュートリアルにかなり投資し、より教育的なマーケティングアプローチを構築し、開発者が話をする準備ができた時に我々と対話できるようにしてきた」。

 

要するに、同社の顧客層は、SentryがサイトからCookieを削除したことに気づき、それを好意的に受け止める可能性が高い人々なのだ。

 

何が問題になり得るだろうか?

Sentryのチームが心配していたのは、Cookieを使用しない顧客獲得だけではない。彼らのテクノロジーやデータ収集への影響についての懸念もあった。

 

同社のデジタルマーケティング責任者であるMatt Henderson氏は、ブログの中で次のように述べている。「グロースマーケターとして、私はその期待に胸を躍らせた。だが、私が最初に抱いた反応は、なぜそれをやるべきではないのか、あるいは延期すべきなのかという懸念を提起することだった」。

 

同氏が当初心配していたブレークポイントは以下の通りである。

 

・アトリビューションモデル(Sentryの場合、ファーストタッチとマルチタッチ)

・ビジネスインサイトツールのマーケティングレポート

・Googleアナリティクス

・すべてのSEOレポート(GoogleアナリティクスとGoogleアナリティクス4で作成されたもの)

・Google広告のスマート入札

・新しいオンボーディングツールの調達

・リマーケティング

 

Szu氏にとって、これはチームが、まだ検索マーケティングが黎明期にあった頃のマーケティングの考え方に立ち戻る必要があることを意味する。

 

「常にプッシュするというよりは、プル型のメカニズムに移行していた10年前に戻ったかのようだ」と同氏。「一貫性があり、共感を呼ぶ、素晴らしいブランド投資が必要となる。マーケティングや世間への教育の方法についてより思慮深さを持ち、オーディエンスを無理やりファネルに押し込もうとするのではなく、クリエイティブな方法で彼らの前に立つべきである」。

 

彼らが予想していなかったこと

Sentryのチームは、Cookieの廃止が自社のテクノロジーにどのような影響を与えるかについては十分に理解していた。しかし、それがデジタル世界の他の部分との連携に与えうるすべての影響について予想していたわけではなかった。たとえば、Gartner(米国に本拠を置く、世界最大規模の情報通信技術のリサーチ・アドバイザリ企業)のPeer Reviews(ピアレビュー)は、企業バイヤーにとってカスタマープルーフ(顧客証明)の重要な部分である。これらのレビューの顧客へのシーディング(種まき)はCookieに依存するが、Cookie廃止後はそれができなくなった。

 

「これは我々が予想していたことではない。なぜなら、それについて何も考えていないことではないからだ」と、Szu氏は話す。「人々は、直接所有し、運営するプロパティやトラッキングアトリビューション、リターゲティング機能についてもっと考えているものだ。我々は、コアトラフィックのリターゲティングを見直す必要があることは認識していた。UTMパラメータ(Googleアナリティクスに流入経路を正しく認識させるための文字列)に注力し、それを構築するためにすべてのビジネスインテリジェンスを再構築しなければならないこともわかっていた。それはすべて想定内だった。我々が深く考えていなかったのは、こうしたサードパーティやその他の分野だ」。

 

ビデオホスティングだけでも予期せぬ問題が土壇場で発生し、SentryのWebサイトのリニューアルが2週間遅れた。同社はワークショップの録画をYouTubeに投稿し、それをWebサイトに埋め込んでいた。しかし、それはYouTubeがサイトにCookieを埋め込むことを意味する。そのことを理解したチームは、すべての動画をVimeo(クリエイター向け動画共有サイト)にアップロードしたうえで、Webサイトでホストされている動画をすべてVimeoにリダイレクトしなければならなかった。

 

変容する可能性があること

以下は、Matt Henderson氏が「Webサイト上のすべてのトラッキングを削除した後に問題を引き起こすことになるとは気付かなかった事柄」のリストである。「これらのいくつかは、当社がユーザーのトラッキングやCookieバナー全体を削除するという極端な措置を取ったことによるものであったが、ほとんどはCookieの削除によるものだった」と、同氏は述べている。

 

・Google広告で付与されるGoogleクリックID(GCLID)が、Sentryのサイトに渡される

・広告用の当社ボットブロックツールが、ピクセルとGCLIDの両方に依存する

・広告プラットフォームとのデータ共有のため、ルックアライクモデリング(マーケティングにおいて、既存の顧客に好みなどが似た消費者の特徴を把握すること)が利用できない

SalesforceとGoogle広告の連携が使えない

・ディスプレイマーケティングとYouTubeの登録が完全に失われる

・コンテンツ分析のためのリファラー(参照元)データが失われる

・当社Webサイトのエラーメッセージが4倍になり、誤ってリダイレクトされる

 

最後の点は、アップデートされず、適切に使用されていない古いページを特定することで、チームがWebサイトの品質を向上させるのに役立った。

 

訪問者の同意を必要とするすべてのCookieを削除することで、Sentryはどこにでもある、見過ごされがちな刺激物であるCookie同意バナーも削除することができた。

 

「それ自体が、現時点であらゆるユーザーがあらゆるWebサイトに対して抱いている、最初の混乱のようなものだ」とSzu氏は話す。「(訪問者は)『これについては考えたくもない。私はただこの製品を見ようとしていただけだ』という感じなのだ。そのため、我々がユーザーエクスペリエンスにおける摩擦を減らすことができたことは、当社のコアバリュー(企業が最も重要であると考える価値観)の一部である」。

 

ターゲティングデータなしでどうやるか?

Sentryのチームは、Googleのシグナルがなくなればトラフィックは深刻な影響を受けることを知っていた。そして彼らは、自社のオーディエンスを見つける別の方法を学ぶ機会として、この問題に取り組むことにした。

 

Henderson氏は、「Cookieの廃止後、ディスプレイ広告やその他のチャネルは、大きな支障をきたした」と記している。「GA4のオーディエンスやGoogle広告のピクセルを使用することができなかったため、従来のリターゲティングの動きはすぐになくなってしまった」。

 

彼らは、ほとんどの広告チャネルで、従来のリターゲティングではなく、広告エンゲージメントのリターゲティングに頼ることにした。もちろんそれは同じことではないが、ファネルのようなものができた。そこで彼らは、既存のオーディエンスに対して、ファネルの中間と一番下に焦点が当たるよう、広告をカスタマイズした。

 

同時に、彼らはディスプレイ広告で顧客を開拓してもうまくいかないことに気づいた。Szu氏とそのチームは、その予算をスポンサーシップや、自分たちのコアオーディエンスに訴求することが分かっているパブリッシャーに使うことにした。Henderson氏は、「これは、ビジネスによっては、あまり華々しいコンバージョン数を生み出さないかもしれないが、我々のストーリーをオーディエンスに伝える場所を与えてくれた」と記している。

 

それぞれのチャネル向けの戦略

Cookieが廃止されると、Google検索のCPC(クリック単価)は約30%減少した。オーディエンス数の減少を緩和するために、同社はハッシュ化されたパスバック(最適な広告がない場合に別パートナーにアドリクエストを送ること)やオフラインのシグナルやAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を使用し、目標コンバージョン単価制入札やコンバージョン数の最大化のようなスマートな戦略を利用することを推奨している。

 

・Google検索では、Cookieからのデータよりも重要度の低い要素を最適化する拡張クリック単価とクリック数の最大化を再び利用するようになった。同社は現在、ネガティブキーワード(特定の検索語句やコンテンツに対して広告を表示しないようにするために、広告主が指定する除外キーワード)と地域データをより詳細に監視し、それをユーザーのインテント(意図)を選別する入札モデルのプロキシとして利用している。

 

・YouTubeでは、動画の視聴者やエンゲージメントには目標広告視聴単価(CPV)を使用し、アウェアネスには目標インプレッション単価(CPM)を利用した。動画アクションキャンペーンは利用できなくなったため、同社はリーチに重点を置いた。その結果は素晴らしいものであった。Henderson氏は、「動画の再生回数は前期比で13倍になり、以前よりも質の高いサイト訪問者を獲得することができた」と記している。同社の視聴率のベンチマークは業界平均であり、Googleのベンチマークを上回っている。つまり、これは結果的に成功を収めたのだ。また、同社のオンボーディング調査では、YouTubeで同社を知ったという回答も、前四半期比で100%増加した。

 

・ディスプレイ広告では、同社はビューアブルCPM(ビューアブルインプレッション1,000回あたりの広告コスト)に移行したため、コストがほぼ半減し、前月比でインプレッション数が大幅に増加した(20%増)。しかし、コンバージョン数は次第に減少し、入札モデルの変化に伴って急落した。

 

Sentryの事例の詳細は、すべての企業に当てはまるわけではないだろう。Cookieがないことに感謝したり、気づいたりするような顧客層を有する企業はどれほどあるだろうか?Szu氏とHenderson氏はそれを理解している。彼らは自分たちのジャーニーを共有することで、Cookieレス化はまさに実現可能であり、より優れた、より創造的なマーケティングをもたらすことができることを人々に理解してもらいたいと願っている。

 

「学んだことを他者と共有することは、製品の成長と関連性にとっての基礎である」というSentryの信念の一環として、同社のチームはポストCookie時代に関する詳細なブログ記事を投稿している。

 

※当記事は米国メディア「MarTech」の1/30公開の記事を翻訳・補足したものです。