2023年、人工知能(AI)はビジネスと産業界を席巻した。その急速な成長はマーケティングの見出しを独占し、職場での生産性と自動化のための多面的なツールとして、人気が衰える兆しが見えなかった。
しかし、すべてのマーケターが、変化し続ける顧客体験の領域を改善するための小売ツールやソリューションとして、AIの採用を完全に受け入れているわけではない。それどころか、AIパニックと収益への意気込みの間で揺れ動いている。
いやが応でも、ほとんどの組織はしぶしぶAIを活用することになる。企業は、AIが顧客体験や従業員体験を向上させるかもしれないと認識してはいても、多様なAIテクノロジーを統合するという課題に苦慮している。さらに、新しいテクノロジーが人間の創造性や自主性にどう影響するかという懸念もある。
AIはeコマースの単なる追加オプションではない。米国に本社を置く、通話追跡および分析企業InvocaのCMOであるPeter Isaacson氏によると、AIは業界の流れを変えるゲームチェンジャー(革新的なもの)で、積極的に活用する人にとっては、顧客エンゲージメントと収益を大幅に促進できる、という。
「2023年、eコマース業界は、AIの可能性を模索しながら、かつてないスピードで拡大するテクノロジーに内在するリスクを検討、評価していた」と同氏は語った。
「小売業者やマーケターは、AIの使用によって起こる、良くない結果を懸念しなければならない」と、米国に本社を置く、AI搭載の自動会話プラットフォームOneReach.aiの創業者、リードデザイナー、チーフテクノロジストであるRobb Wilson氏は警告する。AIソリューションには会話は得意でも、問題解決能力が著しく限定されているものがある。
「自分が何をしているのかを知り、適したツールを持たなければならない。この種のシステムはしばしば誤用されたり、設計が不十分だったりする。それは、基本的にユーザーと人間のエージェントが対話しないようなっているため、特に複雑な問題を解決しようとしている場合には、非常にイライラすることがある」と同氏は語った。
両専門家はそれぞれのインタビューで、eコマース企業がAIを恐れることなく導入する方法についての見解を述べた。
AIの「安全性とセキュリティ」に対する本当の懸念
「AIの恩恵を受けられず取り残されるのではないか」という懸念は、一部のビジネスリーダーにとって深刻な問題である。2番目に大きな懸念は依然として、「AIがデータをどのように扱うか」である。しかし、AIによってより多くの収益が生み出されることによって、その懸念は後回しにされることが多い。
2023年末にInvocaが発表した「The State of AI in Digital Marketing」(デジタルマーケティングにおけるAIの現状)で、2024年のAIマーケティングテクノロジーに対するマーケターの楽観と不安が明らかになった。この調査では、マーケターの実に90%が、2024年にAIへの投資増を予定しており、マーケティングAIテクノロジーにとって決定的な年となることが分かった。
最前線へ躍り出ようとする焦りが、その動きを正当化しようと、AIスキルに対する根拠のない自信を持たせているのか、ほぼ全員(93%)がマーケティングAIテクノロジーの専門家か上級者であると主張している。しかし同時に、AIへの知識不足が導入を阻む最大の障壁の1つであるとも回答している。
さまざまな意見はあるものの、全体的には、マーケターはAIを受け入れる準備ができていることが同調査で示された。また、新しいAIテクノロジーの導入が遅れることで高いコストが生じることへの恐れも示された、とIsaacson氏は指摘する。
AIへの恐怖心が普及を阻む
Invocaのレポートから、2024年のAI導入を阻む最大の問題は、データの安全性であることが分かった。Isaacson氏は、「企業は自社のデータを保護したいと考えており、多くのAIツールのブラックボックス的な性質は信頼性を妨げている」と指摘する。
「企業は、自社のソリューションで使用されているAIの種類、顧客データの行き先、その使用方法について、より高いレベルの監視を行うだろう」と彼は述べた。
Isaacson氏は、「2024年は、この感情(そして現実)がどのように変化するかを見極める上で、極めて重要な年になるだろう」と付け加えた。AIがマーケティング部門で存在感を増すにつれて、小売業者は収益向上につながるようなリスクならば受け入れる姿勢を強めている。
短期的なコスト削減ではなく、長期的な成功を選択する
OneReachのWilson氏は、マーケターに手っ取り早く利益を獲得するのではなく、eコマースや顧客関係管理(CRM)の向上のためにAIを活用するべきだと薦めている。短期的なコスト削減は長続きしない。
「現時点でのより重要なアクションは、AIが組織全体で活躍するための基盤となるエコシステムを確立することである。マーケティングの観点から言えば、生成されたコンテンツが含まれる場合もあるが、それはパズルの1ピースでしかない」と、同氏は助言する。
会話型AIが既存のソフトウェアやプロセス上で、インターフェイス層として機能することは、かなり大きな影響を与えるだろう。Isaacson氏は、こうした行動の背後にある理由を理解することがさらに重要であると付け加える。
たとえば、コンテンツを作成するのが目的でコンテンツを作成しているのか、それとも価値のあることを伝えたいのか。マーケティングチームのメンバーは、アート系映画が好きな中高年層など、特定の層に向けたキャンペーンのアイデアを考えているかもしれない。
ユースケース例
このアプローチは、デジタルアシスタントのように、サンプリングキャンペーンの見出しや画像を生成できる。この課題は、顧客の何人がこの例に当てはまるかを見積もることだ、とWilson氏は説明する。
彼は、この使い方を「デジタルアシスタント」ではなく、「インテリジェントデジタルワーカー(IDW)」と呼んでいる。リレーショナルデータベース(データを複数の表として管理し、表と表の関係を定義することで、複雑なデータの関連性を扱えるようにしたデータベース管理方式)を使用して、テーブルに記録されているデータとメールや録音された通話のような、非構造化データから探りだせる情報のノード(ネットワークの接点)を接続する。
AIエージェントは、顧客が投稿したソーシャルメディアコンテンツを整理することもできる。マーケターは、IDWにこの顧客層におけるペルソナを生成させ、生成モデルを使って「ユーザー」テストを行うよう依頼することもできる。
だが、この最後のマーケティングの作業からは、信頼できる情報が得られないかもしれない。それでも、モデルが有益なフィードバックを提供するようトレーニングされる可能性がある、と同氏は反論した。
パーソナライズを改善するための生成AIのスキル
恐怖心の要因はさておき、マーケターは、製品購入時の人間のパーセプション(認知、認識)を変えるために、AIを使用することに注力するべきだ。だが、好ましくない結果を避けるためには、意図せぬ結果に警戒しなければならない、とWilson氏は注意を促した。
生成AIツールとリレーショナルデータベースを組み合わせることで、企業は録音された通話やメールなどの非構造化データを発掘し、部門やデータセットを超えたつながりを作り出すことができる。この統合により、これまで想像できなかったレベルの顧客パーソナライゼーションを提供することが可能になる。
「ほとんどの場合、目標は顧客のニーズを予測することであり、顧客体験の観点で言えば、これは大きな勝利のように思える」とWilson氏は言う。
もちろん、購買ジャーニーのさまざまな段階で、AIが欺瞞的に利用される可能性はうんざりするほどあるだろう。そのため、マーケターはユーザーが意図せず騙されたときは、迅速に方向転換する必要がある、と同氏は付け加えた。
顧客エンゲージメントを強化するための会話型AI
会話型AIは、eコマースにおける顧客のエンゲージメントを大幅に強化することができる。InvocaのIsaacson氏は、それがいかに企業の収益源を強化するかを目の当たりにした。
たとえば、このタイプのAIは、通話記録を専門的に自動化して要約する。また、話されたキーワードやフレーズを識別し、さらなる文脈やインサイトを提供する。
Isaacson氏によると、企業はこれらのスキルを顧客とのやり取りに使用することができる、という。これにより、両者は顧客エンゲージメントを大幅に向上させることができる。
このアプローチは、ChatGPTのような生成AIの使用を抑制するために重要だ、という同氏の考えを補強するものだ。AIには数多くの利点があるが、顧客エンゲージメントを損ねたり、ビジネスを危険にさらしたりするのではなく、むしろ顧客エンゲージメントに積極的に役立つよう、思慮深い戦略を実行することが不可欠である。
「野放しにすれば、顧客のエンゲージメント体験が低下する恐れがあるが、これはどの企業にとっても負うべきリスクではない」と同氏は述べた。
AIはオンラインとオフラインの顧客体験をリンクすることができる
オンラインとオフラインの顧客ジャーニーをリンクさせて、eコマースとCRMの効力を高めるために、AIを最大限に導入していくシフトが生じるだろう、とIsaacson氏は予想している。その結果、手作業のプロセスを自動化し、現在すでに使用されているシステムにファーストパーティデータをシームレスに統合できるようになるだろう。
同氏は2024年を「AIは、AIがなければブラックホールに落ちてしまうような顧客との会話から貴重なインサイトを浮かび上がらせることで、eコマースに革命を起こす可能性を秘めている」と予想している。
Isaacson氏はまた、AIへの不安のせいでチャンスを逃し、ライバル企業が優位に立ってしまうこともあり得る、と警告する。
「AIによって、企業はデジタルと人間味の両方の長所を効果的に融合させたパーソナライズ体験を提供することができる」と同氏は言った。
人間の意思決定プロセスと自主性への影響
Wilson氏によると、会話型AIは顧客とのやりとりを簡素化し、多くのブランドが避けようとしている摩擦を減らすことができる、という。適切に自動化が実装された状態でコールセンターに導入すれば、会話型AIは製品情報を提供し、注文ステータスをアップデートすることができるようになる。
また、人間が時間を管理する方法と同じように、直感的な方法で予定を組むことも可能だ、と同氏は指摘する。高レベルな問題解決のために、ボットが人間のエージェントに通話を転送することができる、ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間参加型)の機能もある。
「会話型AIは、エージェントにこれまでの通話概要を提供し、必要に応じて可能な対応や追加情報を提示することができる」とWilson氏は言う。
AIを活用したマーケティングとCRM業務に対するこのギブアンドテイクのアプローチは、人間の意思決定プロセスと自主性を変える。そのためには、AIがキュレーターの役割を果たすべきである。
「同僚としてのIDWは、大量の情報を要約し、実行可能な最善の選択肢を人間に提示することができる」とWilson氏は主張する。
IDWは、組織内では会社のソフトウェアソリューションと関連付けられている。IDWの対応範囲は広く、従来のデータベースからメールや録音された会話のような非構造化データまで、さまざまな知識形式を包含している。
「このエコシステムアプローチによって、AIを業務のあらゆるレベルで重要な意思決定を行う、人間の信頼できる味方として働かせることができる」と、Wilson氏は結論づけた。
※当記事は米国メディア「E-Commerce Times」の1/22公開の記事を翻訳・補足したものです。