Appleが、春先に予定しているプライバシー強化機能「App Tracking Transparency(ATT)」リリース計画は、広告業界に衝撃を与え、Facebookとの戦争を引き起こしている。

 

ATTでは、アプリが、消費者や使用デバイスのトラッキングを行う前に、アプリが消費者から承認を取得することを求めている。

 

Constellation Research(米国の調査・コンサルタント企業)の主席アナリスト兼創設者Ray Wang氏は、「消費者の少なくとも40%はノーと言うだろう」と語った。

 

広告主は「消費者に関するデータ取得への同意を得るために、対価として提供すべき価値を明確にしなければならないだろう。対価を払う企業もあれば、それを回避するオファーを作り出す企業もあるかもしれない。しかし、同意は明示的でなければならず、もはや暗黙的や受動的なものであってはならない」とWang氏。

 

大規模な広告主は、App Tracking Transparencyを利用することができるが、中小企業は「関連性とパーソナライゼーションを向上させるツールがないため、デジタルマーケティングやターゲティングキャンペーンを成功させることが難しくなるだろう」とWang氏は話す。

 

Facebookとパーソナライゼーションの喪失

Facebookは、ATT機能が展開されると、パブリッシャーは、広告収入が減少すると予測すべきだと主張。また、モバイルアプリの広告インストールキャンペーンからパーソナライゼーションが削除されたために、Facebook Audience Network(オーディエンスネットワーク/Facebookが提携しているモバイルアプリに広告を配信できる仕組み)上のパブリッシャーの収入が50%以上減少したと指摘した。オーディエンスネットワークは、Facebookの人ベースの広告を同プラットフォームの枠を超えて拡張することができる。

 

顧客管理(CRM)とマーケティングアプリ間で連絡先を同期するオンライン生産性ツールを提供するPieSyncによると、「一般的な、パーソナライズされていないコンテンツでオーディエンスにリーチしようとしているのであれば、オーディエンスを惹きつけ、長期的な関係構築を促進する大きなチャンスを逃していることになる。オーディエンスが好きなものや自然に興味を持つものに極めて限定的に焦点を当てて直接対話することが、彼らを勝ち取るための最善の策だ」という。

 

Facebookは、両面作戦を取っている。同社はiOS 14からオーディエンスネットワークを削除するとほのめかしたが、同じブログ記事ではiOS 14に対応するAudience Network SDK(ソフトウェア開発キット)のアップデート版をリリースすることも約束した。

 

Googleの反応

Googleは、AppleのATTプロンプトを表示せず、また、iOSで利用可能なアプリでIDFA( Identifier for Advertisers / Appleがユーザーの端末にランダムに割り当てるデバイスID)を使用しない予定であり、パブリッシャーの広告収入が影響を受ける可能性があることを認めている。

 

「今回のGoogleの動きは、広告デバイスとユーザーIDの標準としてGAID(Googleの広告ID)を強化し、IDFAを無効化しようとしているのか?」と、Constellation Researchの副社長兼主席アナリストであるLiz Miller氏は疑問を呈した。

 

「いずれにせよ、ここでの大きなチャンスは、データや分析ベンダーが、パフォーマンス指標を取得するために、何時間もかけてデータの標準化、エクスポートやインポートを実行することなく、これらの指標を1枚のスクリーンにまとめることができるということにある」とMiller氏は提案する。

 

頭字語の混乱状態におぼれている人向け参考情報:

「GAID」とは、Googleの広告IDのことで、スマートフォンやタブレットなどのAndroid端末を識別するための32個の数字や小文字の文字列のことをいう。

 

「IDFA(Identifier for Advertisers)」とは、ユーザーのiOSデバイスに割り当てられた、ユニーク、かつ、ランダムでリセット可能なデバイス識別子をいう。

 

 

広告業界や大手小売店の対応

昨年8月、世界の広告業界は、AppleのATT計画を受けて、「Partnership for Responsible Addressable Media(PRAM / 責任あるアドレッサブル(アドレス指定可能な)なメディアのためのパートナーシップ)」を結成した

 

全米広告業協会ウェブサイトによると、PRAMは「プライバシーを保護し、消費者体験を向上させながら、デジタルメディアや広告の測定やアトリビューションなどの重要な機能を進化、保護するための業界共同イニシアチブ」であるという。

 

全米広告業協会は次のように書いている。

「1月に、Googleが、ChromeでのサードパーティCookieのサポートを2年以内に終了すると発表し、また、Appleが最近発表した、iOS 14におけるIDFAトラッキングからオプトインへの変更から、プライバシーやデータ利用が独自の相互利用不可能な枠組みに向かっていることが一層明らかになってきている。

 

このことは、デジタル広告のエコシステムに重大な影響を与える可能性がある。よりクローズドなプラットフォームを生み出すだけでなく、広告主が、ブラウザ、オペレーティングシステム、プラットフォームなどにおけるコンプライアンス要件を細部まで把握することが必要となるプライバシーフレームワークの断片化された状況につながる可能性がある 」。

 

PRAMには、小売大手や広告業界の企業を含む約400社のメンバーがいる。9月に、同団体は、Appleに公開書簡を送り、「Appleにより提案された変更は、消費者と企業の双方に悪影響を与える可能性がある 」として、 ATT導入から生じる問題について議論するための緊急会議を要請した。

 

透明性は良いことだ

AppleのATTは「アプリ開発者に、ユーザーがどんな価値を受領するかを説明する機会を与えており、ATTに反対する議論は、この点を見落としている」とMiller氏は語る。

Facebookのサードパーティネットワークでの収益の損失は「数十億ドルになる可能性がある」と同氏は述べたが、「ここではより大きな問題が発生している。これらのアプリを提供している企業は、なぜ透明性の確保に対して、それほど腹を立てているのだろうか?」

 

「ユーザー自身が大きなブラックボックスの中でユーザーデータがどう利用されるのかを知らないことで利益を確保するという前提で、業界が構築され、億万長者が作られてきたからだろうか?」と同氏。

 

 

▲iOS(上記写真)、iPadOSやtvOSにおけるAppleの新しい「App Tracking Transparency(アプリケーションのトラッキング申告)機能」では、他社が所有するアプリやウェブサイトのデータをトラッキングする前に、アプリがユーザーの許可を得る必要がある。[出典:Apple]

 

 

ATTは、ブランドにデータを収集する理由に焦点を当てることを強いるだろうとMiller氏は語る。「これまで、ほとんどの広告主は収集可能なすべてのデータを蓄えてきた。だが、それはただ、エンゲージメント指標を装っている、同じでありきたりのCPM指標に戻るだけだ。顧客を自由に搾取的に監視する時代は終わった」。

 

ATTへの対処

「インターネット以前は、トラッキングを行っていなかったし、それがなくても問題はなかった。今では、はるかに簡単に人々を調査できるようになり、とにかく、購入傾向などのより効果的な指標が得られるようになったかもしれない。」と米国のアナリスト企業The Enderle Groupの主任であるRob Enderle氏は語る。

 

とはいえ、Enderle氏は、広告主が、デジタル広告のための回避策を考え出すことを期待している。

 

皮肉なことに、新たなApp Tracking Transparencyは、消費者の自分の個人データに対する権利を保証することによって、回避策を提供するかもしれない。

 

▲新しいプライバシーラベル(栄養表示のように視覚的にまとめたプライバシー表示)では、すべてのアプリ(Appleのものを含む)に対し、開発者のプライバシー慣行の概要をユーザーに見やすい形で提供することを要求している。[出典: Apple]

 

Ray Wang氏は、消費者が自分のデータに対する権利を持つようになれば、個人データは財産権になると話す。そうなれば、同意の仲介を行うことが可能となる。

 

「一つの解決策としては、Appleが、同意と価値交換の仲介を行うことが挙げられる。私は、消費者として、例えば月2ドルでトラッキングされることに同意するかもしれない。広告主は、私にお金を払うか、パーソナライズデータを確保するために、より魅力的な価値交換モデルを見つける必要がある」とWang氏は示唆する。

 

Nikeは、より魅力的な価値交換モデルを見つけたようだ。

 

ユーザーは、ATTフレームワークの導入を開始したNikeのアプリを気に入っており、「それはユーザーの運動目標達成やパフォーマンス向上に役立つからだ」とMiller氏は指摘する。Nikeは、パートナーと共有されるデータが明確で透明性があるという点でATTを評価し、ユーザーは、オプトインとオプトアウトをコントロールできる。「これは、ウィンウィン(win-win)のダイナミックさだ」。

 

Constellation Researchは、広告主がユーザーのプライバシーを維持しつつ、広告キャンペーンの効果を評価するのに役立つAppleのSKAdNetwork APIをさらに改善する方法について、企業がApple向けフィードバックを整理するのを支援している。これにより、広告主はiOS 14シリーズでキャンペーンの結果を正確に測定できるようになると、Wang氏は明らかにした。

 

 

※当記事は米国メディア「Ecommerce Times」の2/26公開の記事を翻訳・補足したものです。