忘れられない体験を作り出すために、AIの導入が必須とは限らない。小さな配慮、従業員への権限付与、顧客のニーズの先読みに重点を置こう。

 

顧客があなたのWebサイト、製品、サービス、人を体験した後、何を思い出すだろうか。友人や同僚に自分の体験について、何を話すだろうか。もしくは、話題にするだろうか。

 

ソーシャルメディアのコメントへの自動返信からコールセンター体験の改善まで、顧客体験にAIを統合するため、莫大な投資とリソースが割かれている。AIとリサーチを専門とする米国の企業OpenAIVoice Engine(15秒の音声サンプルから合成音声を作成し、テキストを読み上げる)が最終的に何をもたらすのかは、まだ誰にもわからない。

 

顧客はAI体験を「感激した」と話すだろうか。おそらく顧客は、その体験がAIによるものであると気づかないだろう。AIによって生み出される体験は、どれも「予想を超える」ことよりも「期待される」ことをより重視するだろう。

 

では、話題になるほどの顧客体験を生み出すにはどうすれば良いのだろうか。私が数週間前にバカンスへ行ったとき、この質問に答えようと決めた。

 

5つ星の顧客体験の発見

最近のイベントで「The Experience Maker」(顧客が共有したくなるような素晴らしいエクスペリエンスを作成する方法について書かれている)の著者であるDan Gingiss氏に会った。その後、彼の本を手にサウスカロライナ州のリゾート施設へ向かった。そのリゾート施設が、AAAファイブダイヤモンド賞(AAA Five Diamond Award:AAA (旧米国自動車協会) が管理する宿泊施設およびレストラン向けのAAAダイヤモンド評価システムの最高レベル)と米国の経済誌Forbesの評価で5つ星を獲得した理由を調査した。

 

American Express(カードで宿泊予約をしたので、部屋のアップグレードでそれは始まった。この特典は何年も前から持っていたが、これまで宿泊したホテルではアップグレードされることはめったになかった。しかもただの部屋ではなく、「100万ドルのオーシャンビュー」が見られる部屋だった。10分ほどの時間で、少なくとも星1つ、もしくはそれ以上の星を獲得した。

 

翌日の朝食時、私たちはLincoln氏に出会った。Lincoln氏はただの給仕係ではなく、私たちのバケーション案内係だった。彼は、私たちが休暇で何をしたいかを尋ねた。そして、ゆっくりと呼吸を整え、リゾートでの時間を楽しむことを思い出させてくれた。それは、私たちが休暇中であり、リセットする時間を取り、ここにいて、一緒の時間を楽しむためのものであることを思い出させてくれるものだった。

 

また、彼は私たちが滞在をさらに楽しめるように、何かできることはないかと真摯に尋ねてくれ、後日彼に依頼することになった。Lincoln氏のおかげで、さらに星が1つ増えた。

 

気持ちを休暇モードに切り替えて、私たちはリゾートを見て歩き、ビーチを散歩した。ホテルの部屋へ戻ると、さらなるサプライズがあり、ささいなことでも顧客の「喜び」を引き立てることをはっきりと理解した。

 

顧客のニーズを予測し、それを上回る

私の妻は、近所の読書クラブのメンバーである。彼女も私と同じように、バカンス中に読んで楽しもうと本を持参していた。その本をバスタブの縁に置いていたところ、部屋の清掃サービス担当者は、私の妻がしおりを持ってきていないことに気づいた。

 

そこで、本の上にそのリゾートのマークがついた金色のタッセル(房飾り)の付いたしおりを丁寧に置いていったのだ。これには感動した。このような細部へのこだわりで星がもらえないなら、一体何に星が付くのか私には分からない。

 

数日後の朝、Lincoln氏が再び朝食の給仕を担当した。その時、妻は魅力的な2つのメニューのどちらを選ぶか迷っていた。Lincoln氏は、それぞれのメニューから最も魅力的な部分をピックアップして、彼女のために特別な朝食を作ると申し出てくれた。やはり、私たちの滞在をより楽しめるようにするために、自分に何ができるか申し出てくれたのだ。ミッション完了である。

 

彼の最後の行動は、私たちの滞在最終日に起こった。今日中にチェックアウトすると伝えると、Lincoln氏は私たちの旅行のために、食器が入った「お土産袋」を用意してくれた。これは、「期待以上のこと」をしてくれた完璧な例である。私たちは感銘を受けたし、心が温まった。

 

滞在中、ルームサービスからスパ、レストランまで、このリゾートはゲストの体験を良くするためにできることを行う決定権を従業員に与えていることは明らかだった。だからこそ彼らは、Gingiss氏の本にあるように「本にしおりがないこと」のような、ささいなことに気づいたのだ。

 

顧客中心の文化を通じて卓越した体験を提供する

しおりの件が示すように、顧客と直接関わらなくても体験は形成できる。観察力、ニーズの予測、そして行動する意欲のすべてが、顧客との関わりがなくても体験を形成する。

 

このリゾートが高い評価を得たのは、従業員がその使命を理解していたからである。みんながそれを意識していた。1つ2つのことではなく、1人2人でもなく、全員がそうだった。彼らは自分たちの仕事がホスピタリティではなく、体験を提供することであると理解していた。

 

あなたのブランドが何を表しているのかを顧客に伝えることはできない。私たちがこのリゾートで体験したように、あなたの顧客にもそれを体験させてあげなければならない。私たちはその高評価に値するサービスと体験を感じたのだ。

 

すべてのタッチポイントが体験を形成する。それを偽ることはできないし、顧客はそれを感じることができる。また、自分たちが実際には、どのようなビジネスを行っているのか知らなければならない。あなたが販売するのはテクノロジーではなく、それがユーザーに何をもたらすかということである。特徴や機能がどうかではなく、何を可能にするか、何を生み出すかなのである。

 

AIを超えるCX:顧客を喜ばせることに集中する

AIで可能になる顧客体験は、「テクノロジーができること」ではなく、「ユーザーのために何ができるか」が重要である。私は、新興のテクノロジーとして、AIの利用に関してこの考え方ができていないという初期の兆候を目の当たりにしている。

 

現在のところ、AIは会社のために何ができるかを重視しているように思える。おそらくこれは有効な第一歩だが、顧客体験への利用に迅速に移行する必要がある。

 

判断するにはまだ早すぎるが、AIなしでもできることはたくさんある。顧客を喜ばせる小さなことに集中し、従業員を訓練して権限を与え、顧客の期待を上回る機会を見つけてほしい。シンプルで直感的に聞こえるが、それは組織全体で一貫して行われているだろうか。

 

私たちはこの旅行について友人や家族に何を話しただろう?食事、天候、ビーチ、リゾートの美しさなどだろうか?おそらくそれらの話題も、少しは話すだろう。しかし、私たちの体験の本質を本当にとらえていたのは、細部への真摯なこだわりの証である「しおり」の話である。

 

説明するまでもなく、この話を聞いた人はみんな納得してくれた。そうして、このリゾート施設は良い評判を築き、高評価を得ているのだ。

 

※当記事は米国メディア「MarTech」の4/15公開の記事を翻訳・補足したものです。