歴史の古い、いわゆる“レガシーブランド”は、実店舗を介さずにECサイトで販売を行うDTC(Direct-to-Consumer)モデルから学び、顧客とそのニーズに応えることに価値を置くことで、長期的な成功を確実にできるだろう。

 

“ブランド直販のショッピング体験”を一文で要約しなければならないとしたら、ニューヨークを拠点とする女性用アパレルブランドAYRの“Simplify everything.”(「すべてを単純化する。」)というキャッチフレーズを借りる必要がある。ショッピングの際に駐車するのにかかる時間や、モールで店舗に立ち寄るための時間を考えてスケジューリングする時代は過ぎ去ったのだ。

 

消費者は、いくつかのスタイルを試着してみたいと思うだろう。しかしその心配も無用だ。たとえば、自社で開発から製造、オンライン販売を一貫して行うニューヨーク発のメガネブランドWarby Parkerは、自宅で試着するためのメガネ数点を顧客に送っている。買い物客は、ボックスに入った数点の試着品セットを受け取ることにより、全商品から選ぶ必要性がなくなる。こうした一流の顧客サービスとシンプルな返品条件のお陰で、後悔とは無縁のショッピングができるという。何よりも、多くのDTCブランドは社会的責任を真摯に受け止め、良心の呵責を感じることのない環境保全や社会的貢献を考慮した「エシカル」な製品を提供していることが多い。例として、靴下が1足売れるたびに援助を必要とする人々に靴下1足を寄付することをコミットメントとして掲げるBombasは、ホームレスなどの困窮している人たちへ、(もちろん洗濯済みの)返品された靴下を寄付しているのだ。

 

例えばDTC好きの多くの英国の消費者は、消臭剤はDoveではなくNativeを、シューズはAllbirdsを、衣服に関してはBrooks Brothers ではなくBirddogs を選択し、オーラルケア製品はQuipにサインアップして購入している。食品、洗剤など家庭用品を製造販売するUnileverが男性用剃刀メーカーのDollar Shave Clubを10億ドルで買収後、続々と多くのレガシーブランドがこれらスタートアップの吸収合併を試みているが、そういった取り組みは決して自社の市場シェアの保持を目的に行われていないことは明白だ。Dollar Shave Clubの2015年の市場シェアはたった1%であり、業界リーダーである男性用剃刀メーカーGilletteの64%と比較するとその差は歴然であることからもわかるだろう。

 

では、この新たな関心の動機はどこからくるのか。

 

1.DTCブランドは、消費者を理解している

DTC(Direct-to-Consumer)ブランドという呼び名のとおり、DTCブランドは、消費者に即座にアクセスし、その購買傾向を把握することが可能だ。理論上の売り上げ数値や、従来の市場調査に依存するレガシーブランドとは異なり、DTCブランドは、消費者から直接的に、その嗜好や行動に関するデータを収集している。

 

DTCブランドは、顧客アカウントや個々の購入履歴、消費者からのフィードバックについてのさらなるインサイトを獲得することで、より正確、かつ動的に消費者グループについて把握することが可能だ。オンラインDVDレンタル及び動画配信サービスを展開するNetflixがユーザーの視聴習慣に基づいてコンテンツカテゴリを絞り込むのと同様に、DTCブランドは、ニッチな消費者の興味をターゲットにして自社の製品ラインを把握、調整することができる。

 

美容用品を取り扱うGlossierは、オンラインショッピング体験を最適化するため、サイト内のブログ「Into the Gloss」のデータを活用。多くの読者が製品を見つける際に使用するのは自身のモバイル端末だが、購入する段階に進むと、デスクトップの使用に切り替えることが明らかになった。このことから、Glossierはモバイル端末とデスクトップパソコン双方のプラットフォーム間で、ユーザーアカウントをリンクさせている。

 

小規模で柔軟な構造を有する多くのDTCブランドは、理想的に顧客習慣と好みに適応することが可能だ。会員制で、男性用紳士服や履物などの定番商品を個々の好みに応じて配送するサービスを行うMenlo Clubは、顧客に対し、好みのスタイルに関する短いアンケートへの回答を要求。その結果に基づいて、パーソナライズされた衣類パッケージを会員に向けて毎月送付しているが、人気の高い商品やスタイルを特定し提供する商品を調整することは、DTCモデルの最も重要なポイントである。

 

 

2.陳列棚に並ぶもう1つの商品以上のものを提供する

日用品を販売するDTCブランドだが、その商品はコモディティ化されてはいない。DTCブランドは、ターゲットを絞ったブランディングや個性的な製品の提供、および信憑性の高いブランドストーリーによって傑出しているのだ。そのDTCブランド自体も、他に類を見ないユニークさがあり、消費者が最も求めているものを提供する。つまり消費者自身が「選択」できるということだ。

 

標準化と親しみやすさに関してはレガシーブランドに勝るものはないが、DTCブランドは、たとえごく一般的な製品であっても、消費者の声に耳を傾けることでパーソナライズされた魅力をその商品へ付加する。季節をテーマにした特別なリリースから、価値重視の製品開発まで、DTCブランドは今日の消費者のニーズを反映し、小売エクスペリエンスを変化させているのだ。

 

積極的に“あなた”に働きかけてくるブランドを選択することは、購買ダイナミクスに大きな影響を与えるだろう。つまり、単に消臭剤を買うのではなく、Nativeというブランドを買うということだ。そうすることで、消費者は製品だけでなく、ブランドとその価値観に共鳴しているということになる。

 

それとは対照的に、Dove、Old SpiceSecretといったブランドにおける消費者との関係は受動的だという。商品の選択に際しわずかな違いしかないという状況は、何十年もの間変わらなかったが、それはほとんどブランドのロイヤリティを築くことにはつながらず、結果としてDTCブランドが参入する隙を与えることとなった。

 

3.大々的なマスコミよりもコミュニティがロイヤリティを推進する

DTCブランドは、消費者のコミュニティ構築のため、人目を引く製品の販売やメッセージを送ることを続ける。購入する前でも後でも、オーディエンスが会話に参加できるコンテンツを提供し、ソーシャルメディアの存在を補完しているのだ。たとえば寝具メーカーのCasperは、“comfort, wellness and modern life”(快適さ、健康、そして現代生活)をテーマとしたコンテンツ「Wooly Magazine」をWeb、および印刷物で公開している。

 

消費者がマットレスや寝具について考えていない場合でも、秋口の上着に関する記事やセルフケア、および共生活空間などといったことについての記事は、常に居心地の良さと快適さを意識して書かれている。そして、“This is a Casper ad”(これはCasperの広告です)という表示で、ユーザーを小売サイトに誘導するのだ。

 

しかし、消費者の関心が購入に結びつくかどうかはほぼ偶発的である。消費者と単に取引をするだけ以上の関係を築くことにより、DTCブランドは、消費者によるオーガニックな自社製品についての言及の機会を生み出し、ユーザーが生成したコンテンツの素晴らしい力を活用し、宣伝している。

 

美容、ファッション、フィットネスなどに関する商品を年に4回配達する月額定額サービスFabFitFunには、美容用品や健康用品以外のものも含まれている。メンバーはブランドのビデオトレーニングプログラムにアクセスでき、オンラインコミュニティでは健康に関するヒントの共有やお気に入りの商品に関するディスカッション、またメンバー当事者のブランドとの体験ストーリーのシェアが促進されている。

 

 

4.現代人向けのビジネス

素晴らしいブランディングは、目的を達成するための手段にすぎない。古い歴史を持つ競合相手と同じくDTCブランドも(最終的には)商品を売ることを目的としているが、DTCブランドはそれだけではない。スタートアップの考え方に基づいて、効率と利便性を最大化するビジネスモデルを宣伝する。これは多くの場合、単に小売業者や実店舗を持たないこと以上の意味がある。

 

多くのDTCブランドは、重要でない作業は外注し、オーバーヘッドを削減、生産プロセス全体で競力を強化している。DTCブランド各社は、こうして節約した分を消費者に転嫁すると主張しているが、さらに重要なことは、その価値観が、従来の小売りによるショッピング経験に幻滅しつつある世代の価値観を反映していることである。

 

DTCブランドは、魅力的なWebサイトと会員限定の特典によって、単なる必需品の買い物に再び楽しさをもたらしつつ、顧客が自分の家でくつろぎながらさまざまなスタイルや製品を試すことを可能にし、また、購入を迷い、決めかねている顧客の不安を解消することもできるのだ。

 

こういったアプローチは、DTCブランドが自社のコアビジネスにフォーカスすることを可能にする。つまりカスタマー・ケアである。競合他社が、生産、流通および小売のパートナーシップに労力を費やしている間に、DTCブランドは購買プロセスをできるだけシームレス化し、顧客のロイヤリティに報いることに努めている。

 

5. 顕著性とは

消費者ニーズへの対応や古い商品に対する新たな取り組み、そして消費者との密接な関係を築くことは、いずれもそれ自体でブランドに十分なメリットがある。そしてそれらを融合したとき、消費者のブランド選択に不可欠となる、あらゆる種類の精神的な繋がりをもたらすのである。

 

すべてのブランドは、自社の製品とメッセージを通じ、その顕著性を高めるよう努めている。今日のレガシーブランドはDTCブランドよりもはるかに強い顕著性を享受しているが、これは多くの場合、消費者の熱意によるものというよりは、むしろ市場の飽和状態が原因といえるだろう。

 

箱入りのマカロニとチーズなどについて考える際、すぐにパルメザンチーズなどで知られるKraftというブランドを思い浮かべるかもしれない。しかし、Kraftというブランドの、その他競合他社との違いについて、どれほど多くを語れるだろうか?ある研究によると、顕著性は、消費者があるブランドについて考えるときに関連して思い浮かべる、ユニークで肯定的な事柄によって部分的に生み出されるという。この点においては、DTCブランドにとって有利であろう。

 

何を売るのかではなく、誰に売るのか

パーソナライズされていない非効率な購買体験に対し新しい取り組みを実行しことにより、DTCブランドは顧客関係についての常識を覆してきた。彼らは、顧客サービスとそのニーズに応えることに集中して努めている。その一方で、多くのレガシーブランドは、生活必需品は「魅力的なもの」ではなく、日々の生活に「必要なもの」に過ぎないと思い込んでいるのである。

 

レガシーブランドにとって、競合となるDTCブランドを買収することは、短期的な解決策にはなるだろう。しかし、長期的な成功を確実につかむためには、価値観のシフトが必要だ。消費者は選択することを望み、そして何よりも、彼らは自分の意見がブランドに届いていると感じたいのだ。すべてのレガシーブランドは、DTCブランドを手本とし、どのようにすれば消費者が繰り返し購入したいと思えるショッピング体験を提供できるか(また、提供することが可能であるか)といことを見直すことができるだろう。

 

※当記事は英国メディア「Marketing Land」の6/10公開の記事を翻訳・補足したものです。