農作物の産地直送ECプラットフォーム
従来は農協が独占的に運営・管理を行っていた農産物の卸売りが、ECによって少しずつ変革がもたらされている。個別の農家がECサイトを立ち上げるケースも増えてきているが、直接消費者に生産物を売りたい農家と、農家から直接買いたい消費者を繋ぐ産地直送ECのプラットフォームが次々と立ち上がってきているのだ。従来では農家が自社でECサイトを運営しない限り難しかった消費者へのリーチを提供することで農協だけではない新たな流通網を提供しようとしている農業ECの5つのサービスを見ていく。
食べチョク
“食べチョク”は、こだわりを持つ生産者を支援する株式会社ビビッドガーデンによる、農作物のオンライン直売サービスだ。
青果が中心の産直ECでありながら、肉や魚介類、酒類など広いカテゴリの食品を取り扱っているのが特徴。コロナ禍や災害などで売上に影響が出ている生産者特集のように時事を反映したコンテンツもあり、生産者を支援する独自の取り組みがなされている。生鮮食品を扱うECでは珍しく置き配に対応しているほか、食に関するオンラインイベントが付属した商品や食育をテーマにした野菜セットなど、ユニークなものも多くみられる。
また、対面で野菜を販売できる“食べチョク 出張マルシェ”や飲食店限定向けの“Tabe Choku Pro”、食に関するメディアサイト“食べチョク&more”、オフィス向けの“食べチョク for Office”など、数多くのプラットフォームを展開している。2016年設立という比較的新しい企業でありながら産直ECへの積極的な取り組みが際立つ同社の展開に、今後も期待したいところだ。
マイファーマー
“マイファーマー”は、モバイル事業を手がける株式会社サイバードが運営する産地直送ネット宅配サービスだ。
農業支援などを手がけるNPO法人“農家のこせがれネットワーク”と連携し、2010年7月にサービスを開始。“消費者がかかりつけの農家を持つ”というコンセプトのもと、ネット経由で農家から野菜を直接購入できる仕組みを作り上げた。現在は全国から厳選した約60の農家と提携しており、お気に入りの品を自由に注文できるほか、毎月決まった農家から旬のオススメ野菜を定期便として購入することも可能となっている。
また、ECサイトだけでなく、2011年7月より東京・代官山のTheatre CYBIRDで月に一度、“代官山マルシェ”と呼ばれる定期産直市を開催。2012年9月からは、同マルシェでの販売を地方自治体との連携で開催し、現在では来場者数が毎回1,500人を超えるイベントとなっている。
また2013年10月より、農家支援のためのクラウドファンディング、“生産者サポーター制度”を開始。生産者が種や苗木を購入するための資金をマイファーマーの会員から募り、地方自治体と連携して農作物の安定生産や供給を支援するために役立てている。支援金を拠出した消費者は、生産者から作物の生育状況の情報を受けたり、収穫イベントへの参加や収穫物・加工品を受け取ることで、オーナー感覚で生産を支援できるという仕組みだ。2015年中には10件の自治体との連携を目指すとしており、今後さらなる展開が望めそうだ。
ルナファーム
農家の長男である吉田浩明氏が代表を務める株式会社ルナファームが2012年8月に立ち上げた、農家と消費者のコミュニケーションECサイト“畑が見えるポータルサイト ルナファーム”。
産地直送の野菜を消費者に直接届けるという点ではマイファーマーと同じだが、生産者と消費者がSNS形式でやり取りができたり、農業用語の解説や農機具の紹介コーナーを設けるなど、農家をより身近に感じさせるコンテンツが多数用意されているのが同サイトの特徴だ。消費者はここで農業のリアルな現状を知って生産者を支援。ほかにも、消費者からの個別問い合わせや、生産者の作業日誌をチェックできる機能など、農家出身者ならではのアイデアが詰まった作りとなっている。
また、2013年5月には実店舗“ルナマルシェ”を東京・中目黒にオープン。同店では、サイト同様に生産者から直接買い付けを行った野菜や果物、加工品が販売されている。なお、今後は5年間で首都圏に30店舗展開を目指し、輸出事業や海外研修生斡旋事業なども展開していく考えだ。
チョクバイ!
“チョクバイ!”は、広告関係の事業を広く手掛ける株式会社博報堂DYメディアパートナーズが運営する、青果の直売に関する総合情報サイトだ。
直売所、体験観光農園、生産者といった農業者であれば無料で登録可能で、登録された情報をもとにユーザーが実店舗を直接訪れて購入する、というもの。農業者と生活者を繋ぐプラットフォーム型のサイトであり、Web上で売買するわけではないため、厳密にいうとECサイトではない。市区町村などの地域から近くにある直売所などを検索でき、近所でこだわりの青果が買える場所を探している場合などに活用できる。農業者のページでは、該当の店舗で購入した青果を用いたレシピや応援コメントも投稿・参照可能。旬の直売情報や収穫体験・イベント、農業者や食の話題にフォーカスしたコラム、野菜を用いたレシピ集など、情報や読み物も用意されている。
農業者であれば誰でも無料で登録できるためハードルが低く、「ECサイトを開設するほどではないがネット上に情報を掲載したい」という小規模事業者でも取り入れやすい。必要な種類の野菜をピンポイントで購入できる産直ECとは趣が異なるが、青果の直売所をインターネット上で検索できる総合情報サイトは、産直ECではあまり見られないものだ。また、エリアは限られるものの、地元の農家が育てた新鮮野菜をその日の午後に自宅まで届ける“チョクバイ!BOX”というサービスも展開している。
農家.com
ソフト会社・人材育成を行う株式会社慶が手がけるのが、2009年7月にサービスを開始した農家専用のショッピングモール“農家.com”だ。
こちらも産直野菜の販売だけに留まらず、さまざまなコンテンツが充実している。例えば、サイト内に設けられた生産者の専用ページから各生産者の特徴や栽培情報を得たり、生産者側はブログを通じて情報を随時発信することも可能。運営サイドによる農作物関連のブログや新製品情報も定期的に更新されており、より深く生産者の状況を理解できる作りとなっている。さらに、提携農家周辺の観光情報や農産物を用いた調理方法など、野菜に絡めたコンテンツが多数用意されており、見ているだけで楽しめるサイトだ。
産直ECで小規模事業者が抱える課題
生鮮食品はこれまで、ECとの親和性に欠けるとされてきた。そんな中、余分な流通を介さず生産者が消費者へと届けることで鮮度を保ち、生産者の顔が見える野菜というブランディングをすることで、産直ECはその短所をフォローしながら成長しつつある。
しかしながら、価格や品質、供給量にバラつきが出やすいという農作物特有の課題は、未だに解決しきれていない。これは、栽培方法にこだわりを持つ小規模事業者ほど大きくなる傾向がある。それを素朴な魅力や一期一会の出会いとして前向きに捉えることもできるが、このようなリスクを農協は回避してくれるという心強い側面は切り捨てがたい。また、産直ECの多くは生産者自身が発送するため注文ごとに手間がかかる点や、Webサイト上で発生する顧客とのコミュニケーションコストも無視できないだろう。これらは事業が大きくなればなるほど顕在化しやすく、それが成長の枷になっているとも言えるのだ。
流通改革だけでは越えられない山をどう乗り越えるか
価格に自由度を持たせ、場合によっては中間マージンを省くことが可能な農作物の産地直送ECだが、現状ではあくまで流通改革という側面が強い。消費者視点で見ると、食品宅配ECやネットスーパーも生鮮品のECプラットフォームを提供しており、産直ECとの差別化は日に日に難しくなっている状況だ。また、実際に産地直送ECプラットフォームに農作物を提供しているのは一部の農家に過ぎず、思ったよりも爆発的に拡大しているともいえない部分がある。
宅配ECやネットスーパーは利便性や手軽さを売りにしているし、鮮魚のAmazonと呼ばれる八面六臂も従来の流通網はそのまま活かした形でのサービス構築を行い拡大を続けている。一方で今や農作物以外のECサービスでは即日に届いたり、個人も出品出来たりと利便性や自由度の向上が凄まじい速度で進んでいる。特に米国では生鮮品についても巨人AmazonがAmazon Freshという即日配達サービスを地域限定ではあるが開始している。
都内に実店舗をオープンしたり、生産者と消費者を結ぶソーシャルを提供するなどの取り組みも面白いが、今後産地直送ECが爆発的に拡大していくには、流通改革だけではないメリットを、生産者・消費者両面で作っていく必要がありそうだ。
<参考>
ネットスーパーは店舗の商圏を拡大できるか - 独自配送網の諸刃の剣
食卓のニーズにしっかり応える食品宅配EC - 歴史に裏打ちされた独自配送網と定期購入