メールから新たな気付きを引き出したいだろうか。 生成AIが、CRM内で顧客の本音を明らかにする方法を紹介しよう。
これまでの米国メディアMarTech向けの記事では、非構造化データを活用することの影響と重要性を探ってきた。今回の記事では、おそらく最大の洞察とリスクの源泉である「メール」に焦点を当てよう。
生成AIとメールに関する議論の多くは、アウトバウンドキャンペーンの有効性を向上させることを目的として、よりターゲットを絞った、パーソナライズされた大量メールキャンペーンの作成に生成AIを活用することに集中している。
この記事では、CRM(顧客関係管理)に収集された受信メールにおける生成AIのユースケースを詳しく解説する。これらのメッセージには、1対1のメッセージと一人から複数人に送信された「全員返信メール」が含まれる。ここでは、今日のマーケティング、営業、顧客管理チームで一般的に行われているように、組織がチームの個別の受信トレイをCRMに統合していることを前提としている。
送受信されるすべてのメールは追跡され、アクティビティ記録の一部として保存される。その結果、これまで構造化されておらず散在していたメールのやり取りが、その企業の中央データリポジトリ(組織内のさまざまな情報やデータを一元的に保存・管理する場所)に集約され、CRMに組み込まれたAIと自然言語処理(NLP)を用いて分析できるようになる。
これにより、開封率やクリック率といった送信側のエンゲージメント指標の追跡から、CRM内のメールの内容や感情(センチメント)分析へと議論を移すことが可能になる。特に、こうした機能がHubspotのような主要なCRMで普及するにつれ、この傾向はさらに顕著になっている。
メールキャンペーンの指標から会話分析まで
| ユースケース | KPI(重要業績評価指標)の例 | 解決された主な質問 |
| 従来の「アウトバウンド」メール指標の分析 | 開封率、クリックスルー率、コンバージョン率 | 「私のキャンペーンはうまくいったか?」 |
| 生成AIによる「受信」メールの分析から洞察を取得 | センチメントスコアリング、インテント分類、コンテンツへの応答 | 「お客様はどのように感じ、何を必要としているか?」 |
洞察と懸念事項
より包括的なメール分析では、「誰が送ったか(メールの送信者)」や「何についてか(件名)」といった大まかな情報だけでなく、メールの根底にある感情まで掘り下げることができる。これをマーケティング、営業、顧客対応チームにとっての機会へとさらに細分化し、プライバシーとコンプライアンスに関する新たな考慮事項についても見ていこう。
メリット:顧客対応チームにとっての機会
強化された顧客インサイト
NLPを使用してメールのやり取りを分析することで、顧客のより深い感情や問題点が明らかになり、よりパーソナライズされたマーケティングおよび販売戦略が可能となる。
メールには、顧客からの詳細な質問、具体的な反論、情報提供の要望などが含まれている。NLPやAIを活用した分析を活用することで、マーケティングチームはメールからパターンを抽出し、メッセージングを改善し、フォローアップコンテンツのアプローチをカスタマイズすることができる。
このアプローチにより、個々の顧客が好むトーンやコンテンツ形式をより深く理解することができる。NLP技術を適用することで、組織は受信メールの感情的なトーンを分析し、肯定的、否定的、中立的のいずれかに分類することができる。この感情分析は、「デモの依頼」や「価格に関する質問」といったメッセージシーケンスの意図と組み合わせることで、商談の進捗や阻害要因を判断するのに役立つ。
マーケティング、営業、顧客間の連携強化
メールアクティビティの一元分析により、保存された顧客インタラクションの履歴を超えて、チーム間の連携が強化される。これまでは、膨大なメール数のため、インサイトの抽出は限られていた。
メール返信に関係者が追加されたタイミングを認識することで、購買担当者や意思決定者に関するインサイトを詳細に把握し、自動化を進めることができる。この情報を、RFP(提案依頼書)や要件定義などで追跡されている追加の会議と照合することで、ファネル全体のステージ、リードのステータス、取引パイプラインの各ステージにおける相関分析を促進し、これらのプロセスを改善できる。
データに基づく意思決定
LLM(大規模言語モデル)を用いてメールを分析することで、意思決定に役立つ情報が得られ、チームはトレンドや顧客ニーズに迅速に対応できるようになる。
メールの感情分析は、単純なペルソナを超えて、ターゲットアカウントやコンタクトのスコアリングに役立つ。従来のリードスコアリングモデルは、役職名などの構造化データに過度に依存していたが、これらも単独では非構造化データなのだ。
マイルストーンや事前にプログラムされたアクションを待ってアンケートを実施し、感情を抽出するのではなく、今ではジャーニー全体にわたって感情をモニタリングできるようになった。
デメリット:非構造化メールの分析における主な懸念事項と課題
メールでの会話は、他のコミュニケーション手段よりもはるかに気楽だ。私たちは、メールですぐに返信するよりも、録音されている会議で何を言ったかをより意識している可能性が高い。これは、ある程度のリスクを生み出す。
プライバシーと同意
チームは、特に機密情報を扱う際に、顧客のプライバシーと適切な同意取得方法を再検討する必要がある。
最新の生成AIやLLM機能がリリースされるはるか前に作成されたメールのフッターを再検討することが大切だ。これらのフッターは、一般的にリスクから保護するための機密情報開示として構成されていたが、現在ではLLMモデルに取り込まれ、追加の予測分析に使われることを示す適切な文言が含まれていない可能性がある。
チームは、特定の個人に紐付けずにインサイトを統合するといった新たなプロセスを検討する必要が生じるかもしれない。同様に、コンタクトが頻繁にアカウント間を移動する典型的なB2Bユースケースでは、別の懸念事項も浮上する。ある人が前の勤務先から送信したメールは、新しい勤務先に移った現在もその人の見解を反映しているといえるだろうか? その人の立場が一貫しているとみなしていいのか、それとも自社に対するその人の感情をリセットする必要があるのだろうか?
チームがChatGPTと連携したCRMコネクターを有効化し、より広範な想定ユースケースを想定した場合、この状況はどのように変化するだろうか?
規制遵守
Hubspot(統合型CRMプラットフォームを提供する米国企業)は昨年、機密データとHIPAA(米国で制定された医療情報のプライバシー保護とセキュリティに関する法律)へのコンプライアンスに関する発表を行い、大きな話題となった。しかし、Hubspotの顧客はそれ以前からメールの一元管理トラッキングを有効にしていた可能性が高いため、組織はメールポリシーとプロセスを見直す必要があるかもしれない。
これらの新機能は、構造化データと非構造化データの微妙な違いも浮き彫りにしている。機密データの分類は、通常、定義済みのフォームフィールドに基づいて行われ、それらのフィールドは機密データとして分類されていた。しかし、非構造化メールの本文に機密データ要素が含まれている場合、これらのガイドラインがどのように適用されるかは明確ではない。
アクセス制御と社内ポリシー
これらの新たに組み込まれた機能により、組織はアクセス制御を調整し、承認された訓練を受けたユーザーのみがメールアクティビティを閲覧できるようにする必要があるかもしれない。これは大きな変更である。なぜなら、中央でキャプチャされたメールは、以前は全社的なアクセス権限で利用可能だったからである。メールの会話の内容が何であるかを予測することは、定義上不可能だ。組織によっては、LLMにすべてのメールを分析させるのではなく、保守的なアプローチを取ることを選択するかもしれない。
プラットフォームに関する考慮事項
マーケターは、これらのリスクを回避するために、プラットフォームベンダーにさらなる支援を求める必要がある。新機能は迅速に展開されることになる。
ベンダーは、ユーザーがデフォルトで有効化すべき機能を理解するためのサポートも提供できる。たとえば、HubSpotの「Breeze AI Assistant」はまだベータ版と表記されているが、HubSpotが新しいAI機能をリリースした際には、顧客との会話データがデフォルトで有効化されていた。通話記録やメールなど、可能な限り幅広いデータが対象だった。

出典:HubSpotのAI設定に関する情報
新たな機会と新たな懸念事項の比重
生成AIの機能を活用してメールの会話から洞察を引き出すことは、あらゆる組織にとって大きな可能性を秘めている。しかし、メールが日常的に普及し、日常業務のほぼあらゆる場面で非構造的に使用されるという状況は、大きなリスクも伴う。
これらの機能をデフォルトで有効にしたからといって、組織がすぐにメリットを享受できるわけではない。私たちは、これまでにないスピードでプロセスを構造化し、メリットとデメリットを比較検討する必要がある。