「4P」は数十年にわたるマーケティングを形作ってきたが、AI時代において、製品・価格・場所・プロモーションは以前とは全く異なるものになっている。


昔ながらのマーケターは、「4P」(Product/製品、Price/価格、Place/場所、Promotion/プロモーション)を熟知している。長年にわたり、これらは拡張され、再解釈されてきた。

しかし、AIは単に新たな「P」を増やす理由ではない。AIは、既存の「4P」を根本から再構築しており、もはや原型を留めないほど変容させているのだ。

AI時代に向けた「4P」の再構築を考えてみよう。機械が単なるチャネルではなく、選択の門番となる世界で、それぞれの要素がどのように崩壊し、進化し、再構築されているかを見てみよう。

 

製品:AIを活用したイノベーションとカスタマイゼーション

AIは、製品の構想、設計、テスト、提供の方法を変革している。開発期間を短縮し、「製品とは何か」を再定義しているのだ。

イノベーションの面では、インテリジェントなアルゴリズムが、顧客インサイトの膨大なデータセットを活用して、新たなデザインコンセプトを生成し、プロトタイプをシミュレーションし、機能を最適化できるようになった。リアルタイムのフィードバック、販売データ、市場動向を分析することで、AIはトレンドがピークに達する前に、どのスタイルや機能、特徴が求められるかを予測することができる。

B2C分野における最も顕著な変化は、マス・パーソナライゼーションの台頭である。消費者はますます、自分専用に作られたような製品を期待しており、AIはその期待を大規模に実現可能なものにしている。

レコメンデーションエンジンや製品構成ツールは、過去の行動履歴、表明された好み、さらには生体認証データに基づいて、買い物客一人ひとりに合せた提案や完全にカスタマイズされたデザインを提供することができる。

製品のカスタマイズは、ビタミン剤の摂取プランからヘアケア製品、そしてVans(米国の靴及び関連アパレルブランド)やNikeの定番のカスタムシューズにまで広がっている。AIはこの流れをさらに加速させている。AI駆動のデザインプラットフォームでは、顧客は単にほしいものを伝えるだけで、完全な製品コンセプトを生成できる。AIはその説明を製造可能なデザインに変換し、想像と製造の間のギャップを埋める。

このモデルでは、私たちが知っている製品カタログは消え去る可能性がある。SKU(在庫管理単位)の静的な一覧ではなく、各顧客とリアルタイムで連携しながら理想的な製品バージョンを共同で創り出す、インタラクティブなAIアシスタントを想像してみてほしい。


マーケターにとっての意義

製品は、「私たちが作るもの」から、顧客と共に何かを創り出すものへと変化している。マーケターの役割は、そうした共創の瞬間を促進し、そのプロセスが容易で、ブランドイメージに合致し、やりがいを感じられるようにすることである。

AIを活用したカスタマイズを適切に実施すれば、顧客は最終製品が「自分だけのために作られた」と感じるため、製品の売上が増加し、顧客ロイヤリティも高まる。

 

場所:新たなチャネルとスマートな流通

かつて「場所」とは、商品が販売される場所、つまり店舗、カタログ、Webサイトを意味していた。今やそれは、顧客が商品を発見し、評価し、購入する可能性のあるあらゆる場所を指す。そしてAIは、その「場所」と「方法」を再定義している。

流通は今や、物理的なものとアルゴリズム的なもので成り立っている。ブランドは物理的およびデジタル空間の両方で人間に認知されるだけでなく、音声アシスタント、ショッピングボット、検索エンジンといったAI仲介者にも認識されなければならない。これらのAIが、人間の目に最初に触れる情報を決定づけるケースが増えているのだ。

AIはコンバージョンとエンゲージメントデータを分析し、ブランドが最も効果的なチャネルを特定できるよう支援する。TikTokショップが自社のDTCサイト(ブランドが小売店や卸売パートナーを通すことなく、顧客に直接製品を販売する手法)よりも成果を上げている場合、AIはそれを検出し、リソースの再配分を迅速に行えるようにする。

AIはまた、あらゆる「場所」をよりスマートにする。

  • 店舗内のセンサーが、パーソナライズされたオファーを自動で提示
  • AIチャットボットが、オンライン購入者を購入へと誘導
  • 物流AIが、販売が予測される地域の近くに在庫を移動


マーケターにとっての意義

「場所」とは今や、人間と機械の両方による購買経路における適格性を意味する。単に棚に並んでいるだけでは不十分であり、AIの候補リストに載らなければならない。つまり、以下の点が重要となる。

  • 機械が読み取れるように製品データを構造化すること
  • それを提供できるモジュール型のマーケティングテクノロジースタックを構築すること
  • AIエージェントを独立した流通パートナーとして扱うこと

 

価格:動的でパーソナル、そして潜在的な危険性

価格設定は常にバランス感覚が求められる行為だった。コストをカバーし、マージンを管理し、価値を伝えるものである。AIはこのバランス感覚をより迅速に、より鋭敏に、そしてはるかに複雑なものにしている。

動的価格設定(ダイナミックプライシング)は新しい概念ではない。航空会社やホテル業界が先駆けとなり、小売業がそれに追随し、今ではほぼ全てのeコマースプラットフォームが、供給や需要、競合他社の動向に基づいて価格を調整している。

AIはリアルタイムでデータを処理し、必要に応じて1日に何千回も再計算することで、このプロセスを加速させる。マージン管理の観点からは、理想的な仕組みである。

しかし、消費者にとっては話が違ってくる。価値は常に目標であり、本質的に個人的なものだからである。あるドレスは、ある人にとっては200ドルの価値があっても、別の人には80ドルの価値しかないかもしれない。これまでは、値札の価格がその妥協点であり、売り手と買い手の双方が評価できる共通の基準であった。AIはこの仕組みを打破してしまう。

企業があなたの支払い意思を十分に把握しているなら、あなたに対してはドレスを30%値上げし、他の人には30%値下げするのを止める理由があるだろうか?これは知的な最適化だろうか、それとも市場の搾取なのだろうか?

次にAIショッピングボットを組み合わせてみよう。私たちのほとんどが、もはや閲覧せずにカート作成をエージェントに任せるようになったら、何が起きるだろうか。「子どもの学用品を買って」と指示し、ボットがカートに商品を入れるようになると、価格は事後まで表示されなくなる。

エージェントは公平性や節約ではなく、スピードや信頼性を最適化するかもしれない。その取引においては、消費者の選択肢(そして消費者の力)の多くが失われてしまうのだ。

AIを活用した価格設定は、ビジネスにとって間違いなく有益である。より革新的な収益管理、在庫切れの減少、効率的なプロモーションなどが実現できる。しかし、消費者にとって良いことなのだろうか。それは必ずしも明確ではない。

価格に敏感な層に対して価格を下げることで、アクセシビリティを高める可能性もある。一方で、価格設定が「仕組まれたゲーム」のように見えてしまい、消費者の信頼を損なう危険性もあるのだ。


マーケターにとっての意義

価格設定は単なるスプレッドシート上の数字ではない。利益率の最適化と消費者の信頼をめぐる、生きた交渉なのである。

勝者となるブランドは、AIを搾取ではなく、調整のためのツールとして扱う。つまり、価値を隠すのではなく、透明性をもって明らかにするためにAIを活用する。動的価格設定(ダイナミックプライシング)の世界では、公平性そのものがブランドの差別化要因となる。

 

プロモーション:メッセージから機械へ

プロモーションが成功するのは、機械がそれを推奨し、人間がそれを求める場合だけである。古典的な「4P」において、プロモーションは、広告、PR、キャンペーン、そして製品を認知させ、魅力的にするためのストーリーテリングの仕組みなど、コミュニケーションが中心だった。それは今も重要である。しかし今日では、第二のオーディエンスが存在する。それは、「機械」そのものである。

AI時代のプロモーションとは、ブランドを人々にとって魅力的なものにし、機械にとって発見可能にするための芸術と科学である。メッセージが感情的に響くようにすると同時に、AIシステムが認識し、推奨し、拡散できる構造と配信方法を確保することが重要である。

AIは単なるプロモーションチャネルの一つではない。それは今や説得の手段となり、何を表面化させ、何を統合し、何を無視するかを左右する。もしあなたのブランドが検索可能なリストに含まれていなければ、まったく見られない可能性があり、そのことで状況全体が変わってしまうのだ。

何十年もの間、消費者はブログ、フォーラム、レビュー、口コミに基づいて意思決定を行ってきた。今日、AIはそのプロセスを短縮している。Wirecutter(米国の製品レビューWebサイト)やReddit(米国の掲示板型SNSサービス)のスレッド、Yelp(ローカルビジネスレビューサイト)のレビューを読む代わりに、消費者はエージェントに質問することができ、エージェントが答えを提供する。

これは、プロモーションがより制御が難しく、より集約され、より透明になっていることを意味する。重要なのは、誰かの目の前に巧妙な広告を配置することではない。周囲のエコシステムが、あなたのブランドを際立たせるために必要なシグナルをAIに与えているかどうかである。

課題は、AIが依然として追従的な存在であるということである。AIは既に存在する情報を繰り返すだけで、前提を疑ったり、新たな真実を生み出したりはしない(今のところは)。だからこそ、ブランドのプレゼンスがこれまで以上に重要になっているのである。

あなたのブランドが消費者の心に少しでも印象を残しているなら、彼らがAIエージェントに質問をした際に真っ先にあなたのブランドが挙がるようにする必要がある。消費者はもはや何十ものレビューや検索結果を精査する必要はないのだ。AIが既にそれを代わりに行ってくれているのだから。



マーケターにとっての意義

プロモーションとは、もはや優れたコンテンツを作成するだけではない。そのコンテンツが、AIが活用するエコシステムの一部となることを保証することが重要である。具体的には、以下の点である。

  • エージェントが解析可能な形でアセットを構造化すること
  • 信頼できる情報源にブランドを継続的に掲載すること
  • 人々の心に響きつつ、機械にも理解可能なストーリーを構築すること

 

マーケターに課された新たな使命

AIはマーケティングの基盤を書き換えつつある。かつて戦略の指針となった「4P」は、今やアルゴリズムによって形作られ、データによって駆動され、インテリジェントなエージェントによって仲介される、全く新たな次元で機能している。

マーケターにとっての今後の課題は、これらの変化を明確な認識と確固たる信念をもって受け入れ、テクノロジーがあらゆるブランドの核心にある人間的なつながりを消し去るのではなく、むしろ強化するようにしていくことである。


※当記事は米国メディア「MarTech」の9/11公開の記事を翻訳・補足したものです。