食品業界に押し寄せるEC化の波は、食品メーカーや卸・飲食店の受発注業務をどのように変えていくのか

 

EC業界とは無縁とも思える飲食店業界だが、ここ数年、データのデジタル化、オンライン化に伴い、着々とEC化の波がやってきている。従来は電話やFAXでの原材料の注文が一般的で、PCやスマホよりもFAXが必需品という傾向が強かった。今回は、そのような飲食店業界に押し寄せているEC化の波が、どのように食品メーカーや卸および飲食店の受発注業務を変えていくのかを考えていく。

 

 

食品業界の事情

 

その業界がどれだけEC化が進んでいるかの指標である「EC化率」は、毎年経済産業省にて公表されている。それによると、BtoB ECの食品業界における2018年のEC化率は55.6%となっており、これはBtoB全体の30.2%やアパレル・化粧品の40.6%よりも大きな値となっており、データ上はEC化が進んでいるという理解となる。しかし、これは大手間取引の多くにEDIが導入されており、数値が大きくなっているだけで、実際の現場での感覚とはかけ離れていると言って良いだろう。なぜなら、食品業界を含むBtoB EC市場のEDIは業種や取引先ごとに規格が異なるため、中小企業にとっては負担が大きく、EDIの普及を妨げているのが現状なのだ。

飲食店業界は、食品を食料品卸会社に発注し、それを納品してもらい、それを原材料に料理などをお客様に提供するという形態が一般的だ。飲食店のチェーン店は業務の効率化から、システム導入を早期に進めているが、大部分を占める個人店では、依然として食材などの受発注には電話とFAXが使われている。総務省統計局の調査によると、飲食店の総数およそ62万軒のうち、個人店は41万軒にものぼるという。

飲食店向けに受発注システムを展開しているインフォマート社は、1998年のサービス開始以降利用企業は順調に増加し、2006年9月には10万社を突破。その20ヶ月後には20万社を超え、わずか10ヶ月後には30万社を突破するなど、ここ数年で加速度的に導入数を伸ばしている。飲食業界のニーズにマッチした、画期的なソリューションの一つと言えるだろう。

 

 

食品業界に特化したEC化の展示会「フードeコマース」

 

そんなEC化への高まりを受けて、食品業界におけるEC普及をテーマにした「フードeコマース2019」が開催された。

2019年9月11日から9月13日にかけて東京ビッグサイト・青海展示棟で行われた業界初の専門展示会で、食品業界のEC発展を展示会やセミナーで促進することを目的として設立された団体、食品イーコマース普及協会が主催している。国内外から350以上の出展者が集結し、「BtoB ECで電話対応件数8000件減! サントリーM&Cの秘訣」や「料理人向けECによるラストワンマイル改革」など、テーマごとに分けた47ものセミナーが専門家の登壇によって行われた。

食品事業者からの関心も高く、3日間の累計入場者数が46,138名を記録したフードeコマースは、2020年の開催も決定している。

 

 

事例から見る食品業界EC化の波の本質

 

それでは、いくつか事例を見ていこう。

 

※この事例はBtoB向けECサイト構築システム「アラジンEC」を展開するアイル社から提供を受けて作成しています。アラジンECの導入事例に関する資料は以下からダウンロード下さい。

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サントリーマーケティング&コマース株式会社

サントリーマーケティング&コマース株式会社が展開するPRO TOOLS WEBは、飲食店向けにグラスや業務用備品などを企画し酒販店へ卸売りをしている。

従来の販促は年に一度発行されるカタログで行われており、新商品の案内や主力商品の販促をタイムリーに発信することができなかった。そして受発注専用のWEBサイトはあったものの、紙のカタログを見ながら商品番号と注文数量を入力するというもので、クローズドサイトのために新規顧客の企業獲得がしづらい状況にあったという。さらに、スマートフォンでは利用不可、クレジットカード決済に非対応、納品日の指定不可といった問題もあり、ダブルチェックなどでコストのかかるFAX受注も含め、アナログベースのシステム自体を見直す必要があった。

受発注のEC化は自社だけでなく、取引先やお客様からのニーズも大きかった。しかしながら、父はカタログ・息子はオンラインというように酒販店も過渡期にあるため、一部高齢層からの反発に加えて従来のシステムで行われていた特別対応をどうするかという懸念があった。また、社内外を問わず、システム移行に伴う慣れも必要になってくる。新しいシステムをただ作るだけではなく、どのようにして現場に浸透させるかが重要なのだ。

同社では、業務効率化と販促強化、取引先の利便性アップを目的にBtoB ECを導入。2016年12月に業務用備品の総合通販サイトPRO TOOLS WEBを公開した。懸念点であった特別対応については、これまでのサービスレベルの高さをWEB受発注システムにも取り入れることで、取引先の理解を得ながら両社が効率化する形を目指したという。

その結果、BtoB ECの導入により電話での問い合わせが年間8,000件削減、販促強化でWEB経由の売り上げが120%増、受注時にかかるコストに至っては8割ダウン。特殊商品の注文依頼は従来の紙での申込書では16あったお客様の入力項目がBtoB ECでは1か所と3クリックで済むようになり、自社の確認項目も26か所あったものが確認不要になるなど、双方にとっての利便性が飛躍的に向上した。また、「いつもの商品」の受発注をオンラインでも対応可能にするなど、現場で浸透しやすくするための工夫もされている。オープンサイトで検索にヒットするようになったことが新規顧客の開拓に繋がり、季節商品やテーマごとの特集をタイムリーに発信できる上、欠品時でも類似品表示による代替え提案で機会損失を防止。これは、従来のカタログではできなかったことだ。

従来の方法や特別対応にとらわれず、時にはシステムと割り切ることも必要になる。利便性の向上はもちろんBtoB EC導入にあたりルールをしっかり設けたことが、コストや利益面だけでなく業務そのものを変えるきっかけになったと言える。

 

 

株式会社 柴田屋酒店

酒類卸業の株式会社柴田屋酒店が展開するCLUB SHIBATA-YAは、主に飲食店向けのクローズドのオンラインWEB受発注システムだ。

以前のシステムには、「商品名の文字数は25文字まで」という制限があった。それにより特にワインの商品を正式銘柄で登録できず、手作業で別途省略して登録し直す必要があったため負担が大きく、25文字では銘柄を特定できないことから受発注ミスが発生。当時は、ワイン輸入業者と飲食店の双方から毎日2~3件のクレームが発生していた。

さらに、自社で管理している商品分類が6種類に対して、以前のシステム上では3種類しか設定できないため国・色・味わいなどの細かなカテゴリ分けができず、システム利用料が受注額に応じた従量課金制で得意先の注文量に比例してコストが増加してしまうなど、柴田屋酒店の特徴を活かした独自のカスタマイズができないことに加え、コスト面においても課題があった。

同社は、受発注における正確性・利便性の向上と月額コストの削減を目的にBtoB ECを導入。理念の表れでもある「対面販売によるきめ細かなアドバイス」をWEB上でも実現できるよう、要望に寄り添った提案がしやすくカスタマイズ性に優れた「アラジンEC」を選択したという。

その結果、文字数制限なく正式銘柄を登録できるようになり、自社担当者の手作業負担と銘柄関連のクレームが解消。入荷予定や預かり在庫、未納商品一覧が参照可能になるなど自社・得意先共に利便性が向上し、WEB注文率が従来の8%から2倍以上に増加。また、システム利用料が定額制になったことで、月額コストは7分の1に激減した。

さらに同社は、画面上にニュースやキャンペーンを自由に表示できるアラジンECのシステムを活用し、WEB限定の希少銘柄や割引価格での販売といった販促を数多く企画。電話で行われていたワイン試飲会の集客をWEB上で実施したところ、以前は1回につき数人だったものが20~60人ほどの参加者を集められるようになったという。受発注だけでなく、集客や告知にもWEBを活用したことが得意先の囲い込み、ひいては売り上げの向上にも繋がった。

 

 

株式会社プレコフーズ

鳥利商店という1軒の精肉店から始まった株式会社プレコフーズは、今では首都圏最大級の総合食品商社だ。そのプレコフーズが200社以上の仕入先と電話やFAXで行っていたアナログのやり取りをBtoB ECシステムにてデジタル化の仕組みを実現させた。

これまで長い間電話とFAXによるアナログ発注が行われていたが、企業の成長に伴い仕入れ管理業務が激増し、担当部署の負担は看過できないほど膨れ上がっていた。そのため人員補充などの一時的な対策ではなく、受発注における抜本的な改善が急務だった。食肉はその性質上どうしても重量に誤差が発生するので、例えば5kgの発注で5.12kgを納品した時は再度承認が必要になってしまう。明細行数が膨大な検品情報の確認は、プレコフーズだけでなく200社以上の仕入れ先においても負担が大きかったという。自社の部署間対応も煩雑になり、属人的な状況が蔓延していた。

同社は業務改善プロジェクトを立ち上げ、人的工数の大幅な削減と業務効率化、自社業務フローの抜本的な改善のためにBtoB ECを導入。自社開発の基幹システムはそのままに受発注システムを新たに構築し、従来の基幹システムと連携させる形を取った。

その結果、従来は人の手で行われていた仕入れ先の発注や出荷予定、検品や支払い明細などがWEBシステム上で完結するようになり、年間3,000時間以上の大幅な業務削減に成功。前述した商品と納品書の突合せ業務は年間2,000時間、電話とFAXで行われていた発注業務は年間300時間、請求業務においては80%にあたる700時間が削減されたという。これにより請求書を待たずに数字を確定させることができるため業務がスピーディーになり、取引の正確性も向上した。

購買部の事務作業の50%が削減・効率化され、プレコフーズの業務改善プロジェクトは2018年1月時点で目標をクリアした。以前はルーティンワークに終始していた部署も、今では仕入れ実績データを分析してバイヤーに共有するなど、生産性のある新たな業務に取り組んでいる。

 

 

 

eコマースと高い親和性のある食品業界

 

一般的なBtoC ECの目的が販路拡大であるのに対し、食品業界におけるBtoB ECの目的は大きく分けて3つある。

最も大きなポイントは、業務の効率化だ。BtoB EC全体にも言えることだが、日々大量に消耗される食品は流通量が特に多い。プレコフーズの事例にあったようにそのほとんどを人の手で行っている場合は、従来の業務の50%もの人的工数を削減することも可能になる。また、アナログ発注は仕入れ先にとっても負担であるため、BtoB EC導入により両社の業務効率化が行える点もメリットだ。

二つ目のポイントは、継続のしやすさ。食品はその特性上仕入れ先のスイッチングが起こりにくく、一度取引を行うとその後もルーティン的に継続することが多いからだ。WEB上で完結させることで毎月の受発注がスムーズになり、取引先との長期的な関係が構築しやすくなる。その結果、「いつもの商品」の受発注に対応した柴田屋酒店の事例のように、BtoB ECシステムの活用により得意先を囲い込み売上の向上へと繋げることも可能になるのだ。

三つ目のポイントは、商材との親和性の高さ。正式名称が長く複雑な商材はもちろんのこと、食肉のように発注と納品で重量に誤差の発生する商材との相性も抜群で、システム上で扱う方がアナログよりも遥かに精度が高くスピーディーな取引を実現できる。また、サントリーM&Cの事例にあったように即時性が求められるシーズナルイベントにおいても大きな強みとなる。

このように食品業界は、その特性とeコマースのシステムが非常にマッチした業界と言えるだろう。そのニーズの高まりは初開催でありながら盛況の内に幕を閉じた展示会フードeコマースにも表れており、これまで生産性の改善が遅れていた中小企業においてもEC化が進むことが考えられる。生産性向上のカギは、企業へのIT浸透が握っているのだ。

 

 

eコマースは食料品卸・飲食店の受発注業務をどのように変えていくのか

 

飲食店は古くから良くも悪くも職人気質が残っている業界の代名詞として扱われるケースが多い。それでも近年は予約サービスに代表されるような多くの革新的なサービスが現場に取り入れられ、多くの改善が図られてきた。そして、このBtoB ECが取り崩そうとしているのは飲食店の最後の牙城とも言える、FAXと言ってもいいだろう。飲食店では数十年にわたって現場での商品仕入れにおいてFAXを使うのは当然であり、スマホ・タブレット全盛の今でさえ、そこの業務に違和感を持っている店舗はそれほど多くはないかもしれない。しかし、そこには多くの業務効率化の余地があり、他の業界と比べてもIT化のメリットは非常に大きい。ITが、そしてBtoB ECが飲食店の現場を効率化に導き、それによって得た時間の多くを本来的な業務に使える日が来るのもそう遠くはないのではないだろうか。