世界最大のソーシャルネットワーキングサービスであるFacebookが新しいアプリであるSpacesを使ってヴァーチャルリアリティー(以下VR)の世界へ突入していく中、コラムニストでありURLショートニングサービス最大手Bitly社シニアコンテンツ戦略家のBlaise Lucey氏は、VRが今後EC市場と小売業にどう影響を及ぼすかの見解を述べた。
2017年4月17日と18日に開催された年次開発者会議(通称“F8”)で、Facebookは今後のヴァーチャル世界の可能性を見せてくれた。―このF8だが、2007年から7回にわたり開催されており、Wikipediaで「eff eight(エフエイト)」と発音すると明記してあるにもかかわらず、私は勝手に「fate(フェイト=運命)」の言葉遊びだと決め付けていた。
この可能性の一つがFacebook Spacesで、Facebookが創造したかった完全にVR内に作られたソーシャル空間である。仮想的に友人と色々な場所を訪れ、日常的でない異国情緒あふれる場所で会話することができれば、次の家族会をエベレスト山の頂上で開催することもできる。これは、VR向けヘッドマウントディスプレイを開発販売するOculus Rift社の売上20億ドル達成をソーシャルネットワークが手助けする一因ともなる。
現在、Facebook Spacesで自分の化身を創り世界中を旅行するとすると、ヴァーチャル自撮り棒を使って仮想の友人と写真を撮ったり、スケッチしたり、様々なところに旅行できたりする、といったような限定された機能しかまだない。それ以外はほとんどチャットルームのような機能だろう。
しかし、このFacebook Spacesの出現で、VRがいかに小売業に影響を与えるかは考えざるを得ない。既に小売業は衰退しかけているのは周知の事実なので、余計にだ。今後、顧客満足そのものに物理的体験に対する評価が全くなくなっていくのかも気になる。
画面上での買い物
米国のThe New York Timesによると、2016年10月から現在にかけて89,000人もの小売業の従業員が解雇されている。更に、8,600店以上もの小売店が今年中に閉店すると予測されている。米国本社の家電販売チェーン店Radio Shackや世界最大級のビデオゲーム販売店Game Stop、米国本部の百貨店Macy’sや世界最大のスーパーマーケットチェーンWalmartに至るまで、それぞれの業種の小売店は困難に直面している。そしてそれは疑う余地もなく拡大するECが原因なのだ。EC市場は2016年売上約4,000億ドルに達し今年中にはその12%増になる可能性もある。
<参考>
ドライブや散歩をして買い物する代わりに、今や、自宅でPC画面に向かいマウスで選択、クリックして簡単に買い物を済ませる時代。しかし一方で、依然として実店舗における顧客満足度は高い。事業において決して忘れてはいけないのは、実際商品を触って選び、購入する、という一連の流れがまだ重要視されているということだ。
現に、ECサイトでの平均コンバージョン率(CVR、成約率)は約3%にとどまるが、実店舗の平均はその2倍の6%を前後している。
Facebook Spacesや他のVRやARプログラムにより、私たちはヴァーチャライズ化された体験を既に目の当たりにするかもしれない。低迷する小売業界を回復させようと、EC業界はヴァーチャルを駆使したリアルに近い体験を試していくだろう。
ある意味、写真共有アプリであるInstagramや動画共有サービスYou Tubeのようなチャネルとその他の多くのアパレルサイトでは、これは既に起こっていることだ。好みを伝えて洋服を選んでもらい、メークやファッションのハウツーを観ることなども出来る。例えばヴァーチャルで友人と店に入り、様々な洋服や商品を試したとすると、実際にお店でそうしたときと同じように「買わなくてはいけない」という“少し脅迫じみた思い”になるだろうか。逆に画面上で商品を選ぶときと同じような(軽い)感覚になるだろうか。
経済を救う
小売業の売上減や閉店が相次ぐ一方で、その収入減はEC業界の売上で埋め合わされている。これは商品ページの適正化やA/Bテスト、カートの購入中断、ボタンの配置場所やその他多くの細かいピクセルパーフェクト(pixcel-perfect、ウェブデザインをピクセル単位で確認すること)に対して迅速に対応している結果だ。
では、消費者に対してEC業界は何を与えてくれているのだろうか。同日配達やワンクリックで買えるボタンで勝ち誇ってきているネット通販最大手Amazonのような企業は、一体何を与えてくれるのか。
その答えは“便利さ”である。
Facebook Spacesは、現在まだ単なるビデオゲームに過ぎない。しかもビデオゲームよりも画像は劣る。事業価値としては顧客に対してヴァーチャルな買い物体験を提供することにあるかもしれない。しかしもしそうなれば、誰かヴァーチャル化した自分の化身でFacebookにログインし、多くの便利な自動会話プログラムに囲まれながら、“代理”の友人と買い物するのだろうか。
マウスで画面を選択、クリックする買い物の方を好むのではないだろうか。
ECの便利さはより魅力的にはなってきているが、事業にするほどより有益なものとは限らない。ヴァーチャル小売店に投資することは、ただ近所の実店舗だけではなく、世界の店舗と競合することになる。
空間での買い物
調査によると、米国の60%の専業主婦がVRについての知識がないという。携帯の位置情報を活用して現実世界を舞台にキャラクターを捕獲したり交換したりする体験型ゲームのPokémon GOが、代表的なAR(拡張現)の一例であるが、2ヶ月でユーザー数が79%に落ち込んだ。消費者がVRとARディバイスやアプリに興味関心を引かれるのは明らかだが、それらはまだ「あったら良いもの」という感覚に過ぎない。
事業において最も有益になるVRディバイスはその値段相応ではなく、そのコンテンツとユースケース(システムが外部に提供する機能)により選ばれる。地方や携帯が使えない地域に住んでいる顧客にとっては、VRの洋服店で買い物することができるのは利点だが、それにより多くの店が以前にも増してその分の収益を期待できるかどうかは疑わしい。そして同様にVRについて知らないという主婦たちにも、こんなディバイスを手にする流れが来るのかどうかも疑問である。
ECの消費者満足度は、簡単さと効率の良さで決まる。ページのダウンロードに有する時間から始まり、買い物カートから購入ボタンのページに至るまで、もし複雑な要素が少しでもあれば消費者は途中で去ってしまうのだ。Facebook Space内の店舗は、収益改善できるほど本当に楽観的でいられるだろうか。ただ単にチャボットも無視しながら安いものをふらふらといつまでも見るだけで購入に至らないようなヴァーチャルな群集や、特売コーナーのみ目指す人たちを輩出するだけになるのではないのだろうか。
要するに、ECの顧客満足はチャネルに由来するのでもなければ、顧客の忠誠心は製品に向けられたものでもない。そのコンテンツ次第なのだ。EC企業が、購入を可能な限り簡単にし、ブランドとつながる理由を生み出すまでは、VRはリアリティー(現実)よりもよりヴァーチャル(仮想的)になるだろう。
※当記事は米国メディア「Marketing Land」の4/26の記事を翻訳・補足したものです。