パーソナライズされたマーケティングは、人間の基本的な欲求を利用している。ここでは、顧客の心により深く響く、カスタマイズされた体験を生み出す方法を紹介しよう。

 

「パーソナライゼーション」はマーテックにおける注目の話題であるが、このコンセプトは目新しいものではない。現代のダイレクトマーケティングの生みの親として知られるLester Wunderman氏は、1996年に出版した著書「Being Direct: Making Advertising Pay」で同様の戦略を概説している。「The Consumer, Not the Product, Must Be the Hero(商品ではなく、消費者がヒーローでなければならない)」や「Communicate with Each Customer or Prospect as an Audience of One(それぞれの顧客や見込み客を一人のオーディエンスとしてコミュニケーションしよう)」といった章は、個々の消費者に合わせてコミュニケーションカスタマイズすることの利点、つまりパーソナライゼーションの本質を強調している。

 

テクノロジーによってパーソナライゼーションの大規模な導入が容易になったとはいえ、その効果を促進する根底にある心理学に変わりはない。パーソナライゼーションの核心は、ブランドが顧客を獲得し維持するのに役立つ、人間の5つの基本的な動機を利用することである。

 

1.関連性と個人なつながり

私たちは皆、一個人として理解されていると感じたいと思っている。マーケティングをパーソナライズすることで、ブランドが自分の好みや興味、ニーズを理解し、それに応えてくれていると感じ、より強い個人的なつながりが育まれる。

 

あなたが最近、初対面の人に紹介されたときのことを思い出してみてほしい。おそらく、あなたは非言語的な手がかりを拾い上げ、その人と共通する話題へと会話を誘導したことだろう。これは、パーソナライゼーションで知られるブランドが行っていることと似ている。

 

私たちのデジタルや物理的なフットプリントを把握することは、Amazonが非常によく理解し、実践していることである。同社は、「検討すべきその他の商品」、「中断したところから再開」、「パーソナライズされたお得な情報」などの機能を通じて、この点を得意としている。Amazonの売上の最大35%はパーソナライズされたレコメンデーションによるもので、これらの買い物客はリピーターになる可能性が56%高く、平均注文額と顧客収益を押し上げている。

 

2.帰属意識

ブランドが消費者の価値観や社会的アイデンティティに沿ったメッセージを発信することで、共通性や帰属意識が生まれ、人々はブランドが「自分を理解してくれている」と感じるようになる。

 

アウトドア・アパレル企業のPatagoniaは、そのアクティビズム(積極行動主義)や持続可能性に関するコンテンツを通じてこのつながりを育み、環境意識の高い顧客をその共有コミュニティに引き込んでいる。同社のアクティビズムと持続可能性に対する取り組みは、こうした価値観を共有する顧客の共感を呼んでいる。

 

PatagoniaのWebサイトには、アウトドア用品やアパレルの販売に加え、カルチャーと地球に関連するコンテンツを掲載した「ストーリー」セクションがある。このセクションでは、消費者はアクティビズムとその参加方法について詳しく知ることができる。また、同社がコミュニティや気候などに関連して行っている活動も見ることもできる。

 

3.エモーショナルエンゲージメント

ブランドがパーソナライゼーションを採用することで、消費者が特別感を感じ、評価され、感謝されるというポジティブな感情が喚起される。このエモーショナルエンゲージメントにより、ブランドに対する顧客の愛着とロイヤリティが強化される。

 

Dove(英国の一般消費財メーカーUnileverが保有するパーソナル・ケア製品のブランド)の「Real Beauty」キャンペーンは、エモーショナルエンゲージメントの構築を主導するブランドの一例である。同ブランドは、広告でモデルではなく一般女性にスポットを当てることで、伝統的な美の基準に挑戦し、それを再定義している。

 

2004年にこのキャンペーンの初回版が世界に発表された際、Doveは思い切って女性の不安に焦点を当ててみた。全米女性機構(National Organization for Women)のデータから、同社は少女の78%が17歳になるまでに自分の体に不満を抱き、女子大生の70%が女性向けの雑誌を見た後に、自分の体についてより嫌な気持ちになったと答えていることを発見した。

 

Doveは、他の美容ブランドがやっていたような恐怖や羞恥心をあおるのではなく、共感に焦点を当てることを選んだ。そして、それは功を奏した。キャンペーンの結果、Doveはキャンペーン初年度に売上を10%伸ばしている。

 

今年はReal Beautyキャンペーン20周年であり、Doveは美が女性にどのような影響を与えるかを研究し続けている。同社は、非現実的な美の基準を永続させるAIの影響を調べる調査を依頼した。

 

4.シンプルさと使いやすさ

消費者の購入を促進するためには、ブランドは自社の商品やサービスが理解しやすく、使いやすいものであることを保証しなければならない。金融サービスには、複雑すぎるルールや規制、企業とのやり取り方法が数多くある。

 

金融取引を簡素化することに成功したブランドのひとつがVenmoである。同社は、ペンシルベニア大学の元ルームメイトだったAndrew Kortina氏とIqram Magdon-Ismail氏の2人によって設立された。

 

卒業後、2人は新しいビジネスのアイデアについて話し合うため、ニューヨークで集まる計画を立てた。残念なことに、Iqramは財布をペンシルベニアに忘れてしまった。結局、その週末はAndrewがIqramの代金を払うことになった。Andrewに返済するという行為がきっかけとなり、なぜその支払いが携帯電話で行われなかったのかという会話が生まれた。こうして、Venmoが誕生したのである。

 

Venmoを使ったことがある人なら誰でも、その使いやすさとわかりやすさを断言できるだろう。ユーザーは、銀行口座、クレジットカード、またはデビットカードをVenmoのアカウントに紐づける必要があるが、その後は、モバイルアプリを通じて送金、受け取り、管理ができる。

 

支払いは、受取人のユーザー名、電話番号、メールアドレス、支払い金額、コメントを入力するだけで簡単に行える。シンプルさと使いやすさは言うまでもない。Venmoは、ピアツーピア決済の複雑さを解消することで、7,800万人以上のユーザーを魅了している。

 

5.アソシエーションとアライアンス

ブランドが上述の1から4までを正しく理解したら、次のステップはロイヤリティとして知られる「アソシエーション」と「アライアンス」を構築することである。配慮の行き届いた、パーソナライズされた体験を提供することで、ブランドは相互関係的な感覚を生み出すことができる。

 

ロイヤリティを高めるという点で際立っているブランドのひとつがAppleである。Appleは登場以来、優れたユーザーエクスペリエンス(UX)で知られてきた。同社はテクノロジーを最優先するのではなく、人間中心のデザインアプローチで製品を設計している。

 

この方法論は、ユーザーのニーズをデザイン体験の最前線に置き、機能的で、直感的で、楽しく、シームレスにユーザーの生活に溶け込む製品を提供している。このようにUX、イノベーション、品質、有益なエコシステム、優れたサービスに重点を置くことで、Appleは顧客の支持とロイヤリティを育んでいるのだ。

 

パーソナライゼーションが機能するのは、関連性や帰属意識、感情的なつながり、認知のしやすさ、相互関係といった人間の中核的な動機に合致しているときである。これらの心理的要因を理解し、最適化することで、ブランドはより強固で信頼の厚い顧客関係を築くことができるのだ。

 

※当記事は米国メディア「MarTech」の6/3公開の記事を翻訳・補足したものです。