アパレルブランドEmbelexを展開する材料科学メーカーAvery Dennison(本社:米国)のゼネラルマネージャーであるJeremy Bauer氏によるコネクテッドスポーツウェアがもたらすマーケティングの可能性についての考察。
スポーツファンダム(ファンのコミュニティ)では、デジタル化とモバイルを中心とする動きが進みつつある。2022年7月に行われ、イングランドがドイツから歴史的な勝利を挙げた女子サッカーの欧州選手権(EURO 2022)の決勝は、英国でピーク時に1,700万人以上がテレビで観戦した。しかし、テレビ放送に加えて、BBC(英国国営放送)のインターネット経由の視聴サービスBBC iPlayerやBBC Sportのウェブサイトやアプリで590万回のストリーミングがあったと報告されている。
さらに、情報、データ、および市場測定会社Nielsen(本社:米国)の推定では、世界中のスポーツファンの40.7%がスポーツイベントをデジタルライブ配信で視聴し、その多くはスマートフォンを利用しているという。文字通り、ファンの手の中にあるモバイル機器は、新しいマーケティング機会の入り口なのだ。イングランドプレミアリーグのフットボールクラブEvertonがメタバース空間において、Evertonファンがアバターに着用させることができるデジタルシャツを発表するなど、「Web3ファンダム」の人気が高まっており、超没入型のオンラインファン体験が熱を帯びつつある。
それでは、スポーツ関連のモバイルマーケティングを活用したいクラブ、アパレルブランド、スポンサーはどのような戦略を立てればよいだろうか。そして、地味なスポーツシャツはこの動きにどのように参加すればよいだろうか。
装飾が施された衣服がデジタルポータルになる
マーケティング技術はこの10年で進化している。チームやスポーツアパレルブランドは、オンラインだけでなくオフラインでもターゲットユーザーを喜ばせ、楽しませようとしている。スポーツシャツ、スカーフ、その他ブランド化された「商品」は、それ自体がデジタルポータルになり得る。IoT(モノのインターネット)の出現により、衣服に物理的な装飾をデジタル処理することが可能になった。例えば、スポーツジャージの背番号やロゴに洗練された装飾を熱転写で埋め込むことができる。また、QRコードをシャツに熱転写したり、洗濯表示やパッケージに記載したりすることも可能だ。スマートフォンでスキャンするだけで、ジャージの所有者はアプリやウェブページに直接アクセスでき、そのチーム名を称え、ユニークなデジタル体験やオファーを生み出すために必要なすべてのものを「手に入れる」ことができる。
共有する価値のあるリッチコンテンツとキャンペーン
これはすでに始まっている。現在、イングランドのプレミアリーグの全チームがデジタル接続されたシャツを着用している。レプリカユニフォームを購入したファンは、選手の名前、背番号、プレミアリーグのライオンロゴをスマートフォンでスキャンするだけで、オンライン限定の「隠し」コンテンツにアクセスでき、昨シーズン好評だったプレミアリーグの殿堂入りシャツなどの賞品が当たるキャンペーンに参加することができる。スマートフォンと連携した実際の製品によるクリエイティブなデジタルマーケティングは、ファンのエンゲージメントを刺激することができる。これにより、強力なブランド構築、販売促進、ソーシャルメディアでの共有、ブランドやチームのウェブサイトへのトラフィックの促進をもたらすことができる。
市場および消費者データの大手プロバイダであるStatista(本社:ドイツ)によると、スマートフォンユーザーは世界に60億人以上いるという。これはモバイルマーケターが無視することができないエキサイティングな機会である。スポーツチームは、より深いレベルでブランドと対話できるようなパーソナライズされた体験を提供することで、この状況を活用することができる。広告、マーケティングテクノロジー企業Epsilon(本社:米国)の調査では、消費者の80%が、ブランドからパーソナライズされた体験を提供された場合、「製品やサービスを購入する可能性が高くなる」と回答している。
ファンとつながり、コミュニティを構築
ファンと感情的で親密なレベルで関われるように設計された、モバイルマーケティングイニシアティブの素晴らしい例の1つに、サッカー業界向けの慈善活動を行う団体Common Goal(本社:ドイツ)とサッカーの製品、文化、デザインの最新情報を扱うオンライン出版SoccerBible(本社:英国)との間で2021年に行われた提携がある。
Common Goalは、十分なサービスを受けられない貧しい地域にスポーツへのアクセスを提供するために活動している非営利団体である。この団体の最初のサッカーキットは、シャツの内側に熱転写したQRコードで、Avery Dennisonの装飾専門部門であるEmbelexが供給した。これをスキャンすると、Common Goalの共同設立者で元Manchester Unitedの選手、Juan Mata氏からの「ありがとう」のメッセージが消費者に表示される。
また、このようなキャンペーンを広めるための手段として、ソーシャルメディアはますます活用されるようになる。TikTok、Instagram、Facebookのようなプラットフォームは、画像、動画、ライブチャットによって、ファンがこの楽しさに参加し、その体験を他の人と共有する場を提供している。こうしたデジタルチャネルを通じたエンゲージメントが当たり前になれば、ローカルなスポーツクラブは、コミュニティをサポートし、より多くの参加を促すことができるようになるだろう。TikTokが女子EURO 2022のスポンサーになったことで、スポーツとソーシャルメディアの結びつきが強くなり、新しいファン層が急速に広まっている。
モバイルスポーツマーケティングは発展するだろう
需要はまだあるだろうか。QRコードのような「デジタルトリガー」の日常的な利用は確実に増えている。Insider Intelligence(米国のオンライン情報メディアBusiness Insiderが制作・発行しているアナリストレポート)は、米国でQRコードをスキャンするスマートフォンユーザーが2022年の8,340万人から2025年には9,950万人に増加し続けると予測している。
これは、この新しいチャネルを利用して、特典、限定グッズやイベントへのアクセス、チケット獲得のチャンスを提供することに積極的なスポーツチームには朗報だ。スポンサーも巻き込んで、楽しめるインセンティブを考え、スポーツファンが「スキャンできるスマートウェア」に夢中になることを期待する。
「コネクテッド」ジャージの付加価値
衣料メーカーにとって、アパレルにおけるデジタルトリガーは、サプライチェーンにも応用され、製品のライフサイクルの追跡に役立つ。アパレルのそれぞれの商品に「デジタルパスポート」を埋め込めば、ブランドは経年的に収集したデータを利用し、効率化を図ることができる。また、データはモバイルマーケティングキャンペーンの成功につながり、ブランドやスポーツチームが行うキャンペーンの内容や実施方法の微調整にも役立つ。
これは、サステナビリティの面でもメリットがある。現在の「意識の高い消費者」は、購入するアパレル製品の原産地に関する情報や、衣料品のお手入れ方法、リサイクル方法に関する情報をますます求めるようになっている。スポーツシャツの素材、カーボンフットプリント(商品やサービスのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの量をCO2に換算したもの)、製品の機能、さらにはお手入れ方法などに関する透明性を提供することで、スポーツクラブが循環型経済において責任ある役割を果たす助けとなる。
同様に、スポーツシャツの装飾にスマート機能を埋め込むことは、ブランドの保護にも役立つ。衣服にデジタルIDが付与されれば、偽物のファッションへの対策が容易になり、商品をスキャンしてブランドやサプライヤーの正規のURLにリンクさせることで、真正性を証明することも可能になる。
インタラクティブなクリエイティブキャンバスとしてのスポーツウェア
スポーツマーケティング業界は、IoTやデータ収集によって、ファンのエンゲージメントを完全に新しいレベルに引き上げる機会を得ている。これは新しいアイディアだが、スポーツシャツのデジタル装飾は、ファンにポジティブな体験を生み出し、ロイヤルティやコミュニティへの参加を促す重要なチャネルになると考えられる。
スポーツクラブやスポーツウェアブランドにとって、このようなトレンドを先取りし、適切にアプローチし、新しいテクノロジーを試すことは、テクノロジー主導の消費者行動に対応するために必要不可欠だ。この新しいタイプのモバイルマーケティングを、スポーツファンが求めるコンテンツと一致させるためには、聴き、学び、改善し続けることが重要だ。これを行っていれば、すぐに未来に適応することができるだろう。
※当記事は英国メディア「Mobile Marketing Magazine」の8/15公開の記事を翻訳・補足したものです。