コンサルティングファームPwCによる新しい分析結果は、一般的な考え方とは対照的に、AI(人工知能)やその関連技術が今後20年間、英国においてAIが取って代わる雇用と同じだけの雇用を新たに創出すると予測。既存の700万件の雇用はAIに代替されるが、約720万件の雇用が新たに生み出されるため、およそ20万件の(新たな)雇用増加がもたらされると分析する。

英国全体の雇用におけるAIの実質的影響は広範に及ぶが、業種によって大きく異なるだろうとのこと。なかでも保健社会セクターでは、AIによるプラスの影響が最も期待されるという。PwCによると、このセクターでは既存の雇用の20%を占める約100万人の雇用増加が見込まれている。一方、製造部門の雇用数は約25%減少するとし、実質約70万人の雇用が失われると予測する。

PwCのチーフエコノミスト、John Hawksworth氏は次のように述べた。「蒸気エンジンやコンピュータといった画期的な新技術は、既存の雇用をある程度消滅させる。しかし、同時に大きな生産性向上をもたらす。新技術により価格が下がり、実質所得と支出水準が上昇し、追加労働者への需要が生み出されるのだ。PwCの分析結果はAI、ロボットおよび関連技術においても同じ影響が生じることを示した。しかし、その過程において、雇用の増加状況はセクター毎にかなり異なるだろう」。

「社会がより裕福になり英国の人口が高齢化するにつれ、ヘルスケアセクターではますます需要が増えるため、雇用が増加する可能性が高い。一部の雇用がAIに代替される可能性がある一方で、実質所得が上昇し、患者は依然として医師や看護師、その他のソーシャルワーカーなどの『ヒューマンタッチ(人間的な触れ合い)』を求めるため、さらに多くの雇用が創出されるだろう」。

一方、経済全体を見てみると、自動運転車両が一般的になったり、工場や倉庫ではさらに自動化が進んだりするため、製造業や輸送業、および倉庫業セクターの雇用水準が低下する可能性があるという。

 

地域差

今回の調査では、雇用に対するAIの実質的な影響は、業界毎に違いがあるものの、英国全域ではそれほど大きくないことが判明した。ロンドンは、英国の情報通信セクターのおよそ31%が拠点を置き、専門的、科学的、技術的な作業のおよそ28%が行われているが、最も高いプラスの雇用(+ 2%)が見込まれるという。

反対に北部と中部では、自動化可能な産業における雇用が比較的多いため、わずかにマイナスの影響が予測される。とはいえ現在は、これらの地域でもサービスセクターにおける雇用が大半を占めるため、現存する雇用数の約1%以下の減少にとどまるだろう。しかし、産業構造以外の要因(例えば、特定の業界セクターの職種に対する相対的なスキル水準)によって、大きな地域的格差が生じる可能性は否めない。この点については、データがないため今回のレポートには反映されていない。

 

雇用の創出

今回の調査報告書では、「AIと関連する新技術に対する、個人、企業、政府の取り組み方次第では、雇用創出数や英国経済への貢献度は異なる結果になる」と言及。特に政府は、AIや関連技術がもたらすプラスの所得効果を最大化しつつ、AIによる雇用代替の影響による損失を抑えることで、経済をより良い方向に導く重要な役割を担っていくだろう。PwCは、AIがもたらす各セクターの変化によって生まれた新しいサービスにが、地域毎の新しいアイデンティティを構築するチャンスを生むと考えている。それは、その地域の人々のシビックプライドを高めるのにも役立つだろう。

PwCのAIリーダー、Euan Cameron氏は次のように述べた。「AIは、英国にとって将来的に大きな経済推進力となる。政府が、AIの進歩の重要性を認識し、『AI Sector Deal』(英国のAI政策)を推進していることは素晴らしい。AIが雇用に与える影響への懸念は理解できることであり、やはり企業や政府はこれらに真摯な姿勢で対応する必要がある。今回の調査は、どのセクターが最も大きな影響を受けるか、どの分野が最も脆弱であるのかを明らかにした。企業や政府はこの調査結果を活用し、人々が将来に備えて必要なスキルを取得するための施策を準備することができるだろう。今回の分析結果は、将来的に勝者と敗者が存在することを示している。第4産業革命と同様に、優れたデジタルスキルだけでなく、機械が真似することが難しい『創造性』や『チームワーク能力』を備えた人材が有利となっていくだろう」。

「歴史的に見ても、急速な技術革新は多くの場合、富や所得格差の拡大を生み出す。従って、AIがもたらす恩恵を全員が享受できるように、政府と企業が協力して取り組むことが不可欠なのだ。これには、生産性向上と消費者の選択肢の増加だけではなく、医療教育などの人々にとって最も重要な分野での改善が含まれる」。

 

「STEAM」スキル

PwCはAIによる雇用代替の軽減策として、「自動化が進んだ世界で、人々にとって最も有用となる「STEAM」スキルに政府がもっと投資すべきだ」と考えている。この「STEAM」は、STEM (科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字)のテーマに加え、アートとデザイン(STEAMの『A』=Artの頭文字)が革新の中心部でいかに機能するかを探求することを意味。政府は、労働者自身のスキルを向上させ、機械にできる作業を(人間が)補完できるよう適応を促すべきなのだ。また、技術的な変化に対応するのが難しい人々のために、セーフティネットを強化すべきだとも感じているという。

PwCによると、所得効果を最大限にするためには、政府がAI発展を推し進める幅広い政策を打ち出し、より広範な産業戦略に結びつくAI戦略を徹底して行うべきとのこと。こうした政府の取り組みは、英国の雇用に対するAIの所得効果を最大限に引き出すために、非常に大きな役割を果たすだろうと述べている。

さらに、政府は効果的な競争を促進しなければならないと指摘するPwC。所得効果を最大化することは必須であり、AIによる生産性向上による恩恵は、より低価格な(品質調整後の)商品提供を通じて消費者にもたらされるべきである。そのためには、AIを生産する業界とそれを使用する業界間の競争圧力を保たなければならず、このことから、効果的な競争政策が不可欠となる。技術革新への投資に対する妥当な利益と、長期的な消費者への恩恵提供のバランスが重要なのだ。

 

※当記事は英国メディア「Mobile Marketing Magazine」の7/17公開の記事を翻訳・補足したものです。