UXデザイン戦略家のJared Spool氏は、体験というものは製品やサービスから切り離すことはできないと説明する。

 

デジタルマーケティングの世界には、多くの「何でも屋」が存在する。その理由のひとつは、この業界がまだ25年ほどの歴史しかないため、当初は自分たちであらゆる分野をカバーしなければならなかったからだ。

 

過去10年間、インターネット、ウェブ、デジタルアプリの進化に伴い、デジタルマーケティング業界は、「何でも屋(器用貧乏)」をやめ、代わりにスペシャリストを参加させるという好ましい傾向を強めてきた。しかし、デジタルマーケティング業界で見過ごされている重要なスキルの1つに、ユーザーエクスペリエンス(UX)の専門家がある。

 

デジタルマーケティングチームにUXの専門家がいないことは、これらのチームの責任者の誰もが万能になれるといまだに信じていることを示している。デジタルマーケティングチームが、マーケティングキャンペーンの成否の評価や、キャンペーン開始後の最適化の支援についてデジタル分析チームに頼る傾向があるように、キャンペーンの体験的側面に、キャンペーンの可能性を阻むものがないことを確認するために、開始前にUXの専門家を関与させるべきである。

 

デジタルマーケティングのプロセスの一環として、UXの専門家を関与させる必要があるサインについての理解を深めるため、UXデザインスクール Center Centre – UIEの創設者で、世界有数のUX専門家でもあるJared Spool氏に、UXとデジタルマーケティングに関するいくつかの質問に答えてもらった。

 

デジタルキャンペーンにおいて、UXを考え、テストする割合はどの程度だろうか?

全く見当がつかない。すべてのキャンペーンでそれが行われていればいいのだが、きっとそうではないだろう。だから、100%より下の数字であることは間違いない。それが行われるキャンペーンもあると思うので、0%より上の数字にはなる。そのため、1%から99%の間が可能性の高い範囲だといえる。それ以上は、なかなか絞り込めないだろう。

 

デジタルキャンペーンがUXの観点から失敗したことを示す、分析レポート上の確実なサインとは何か?

残念ながら、UXの観点からキャンペーンが成功したか失敗したかを分析し判断することは不可能だ。UXを理解するには、ユーザー体験を真に理解する必要がある。(当たり前のように聞こえるが、ユーザー体験を正確に把握していない人が意外に多い)。

 

例えば、ランディングページに人々を誘導し、そのランディングページが販売するものを申し込ませることを意図した簡単なキャンペーンがあるとしよう。さて、多くの人は、失敗があったかどうかを確認するためにコンバージョンを見ればいいと言うだろう。残念ながら、コンバージョンは物語の半分しか教えてくれない。

 

コンバージョンは、誰かがコンバージョン(契約)したか否かを教えてくれる。アナリティクスでは、何人がランディングページを訪れ、何人がコンバージョンしたかを知ることができる。後者を前者で割ると、「コンバージョン率」になる。

 

しかし、これはすべての訪問者がコンバージョンすることを前提にしている。そうでない人はどうなるのだろうか。キャンペーンで提供されるものを理解していなかったのに、ページにたどり着いたとき、ふとこれは自分には合わないオファーだと気づいたのかも知れない。彼らはコンバージョンすべきなのだろうか。

 

もし彼らがコンバージョンしたなら、不満を抱いた顧客を抱えているのかもしれない。あるいは、契約者数を増やしすぎたのかもしれない。つまり、キャンペーンでランディングページに来る人々の組み合わせは、4通りあるということだ。

 

1)申し込むべき人、申し込む人(良かった!)

 

2)申し込まない方がいい人で、申し込まない人(これも「良かった!」となるはず)

 

3)申し込むべき人なのに、申し込まない人(うーん)

 

4)申し込むべきでないのに、申し込む人(あれれ)

 

1番に合わせて最適化しようとすると(これが標準的な「コンバージョン率の最適化」)、2番や3番のインテントを無視することになりかねない。コンバージョン率を最適化すると、成功の尺度が「顧客に喜んでもらえるか」ではなく、「財布に優しいか」になる。

 

残念ながら、3番や4番を知ることができる分析はこの世に存在しない。これらを知る唯一の方法は、徹底的なユーザー調査(専門用語では「顧客との対話」)を行うことだ。

 

デジタルマーケティング担当者が忘れがちなUXの最も一般的なポイントとは?

それは、顧客や見込み客と直接話すことだ。彼らとコミュニケーションをとること。そして、彼らが何を必要とし、何を必要としていないのかを知ること。

 

人々は、デジタル・マーケティング・キャンペーンを営業担当者の代わりに利用しようとする。そして、そうする正当な理由がたくさんある。しかし、営業担当者の利点は、通常、顧客や見込み客と直接話をする必要があることだ。そのような会話は、顧客や見込み客が本当に必要としているものが何であるかを明らかにするものとなる。そして、営業担当者は常に学び続けているのだ。

 

営業担当者を方程式から排除してしまうと、デジタルマーケティング担当者はそのリサーチを何にも置き換えることができないことが多い。リサーチの欠如は、専門用語では「推測」という言葉で表現される。顧客や見込み客が何を求めているかを推測しているのであれば、それはおそらくやり方を間違っているのだろう。

 

最近のデジタルキャンペーンで、デザイナーがUXの観点から良い仕事をしたと感じたものはあるか?

もちろん。しかし、それはキャンペーンに限らない。ユーザーエクスペリエンスとは、ユーザーの総合的な体験だ。

 

例を挙げよう。保険会社は、人々を他の保険会社から自社の商品に切り替えさせようとする。(これは、多くの場所で、人々は保険に加入しなければならないからだ。市場は拡大していない。ビジネスを成長させるには、他人の顧客を奪うしかないのだ)。

 

マーケティング担当者が自分たちのビジネスをコモディティ・ビジネスと見なすなら、最大の差別化要因は価格であると考えるだろう。しかし、人々が保険会社を変える最大の理由は、価格ではない。それは、保険金請求の際に受けるサービスの質である。保険金請求の際に不快な思いをした人(保険金請求を満足に解決するのは本当に難しい)は、更新することなく保険会社を変更するだろう。どこに移るだろうか?より良いサービスを提供してくれると信じられる会社に移るのだ。

 

したがって、保険加入のUXは、乗り換えさせるキャンペーンとはほぼ関係がない。サービスの質と関係があるのだ。ところで、人々がより質の高いサービスを知るための一番の方法は何かご存知だろうか?広告からではない。なぜなら、どの広告も自社のサービスが素晴らしいことを謳っているからだ。

 

それは、友人からの紹介だ。クチコミは、人々が次の保険会社を選ぶ際に、最も大きな影響を与えるものだ。クチコミのきっかけは何だろうか?巧妙なキャンペーンではない。それは、優れたサービスなのだ。つまり、UX担当者がデジタルキャンペーンを支援するためにできることは、サービス全体を最高の品質のものにすることだ。

 

デジタルマーケティング担当者やデザイナーに、UXのある要素をキャンペーンに導入させることができるとしたら、それは何だろうか?また、それが正しくできていることを確認するために、どのようにすればよいだろうか?

それは、あらゆるタッチポイントで質の高いサービスを提供することだ。それをどのように判断すればよいだろうか。顧客や見込み客とコミュニケーションをとり、あらゆる場所で質の高いサービスを提供できたか確認するのだ。

 

UXとデジタルマーケティングについて、他に意見があれば聞かせてほしい。

私は、「UXはデジタルマーケティングである」と考えている。優れたユーザー体験こそ、あらゆるマーケティング指標の一番の原動力だ。より良いUXに投資することは、デジタルマーケティングを向上させる最良の方法だ。マーケティングキャンペーンの体験だけでなく、製品やサービスのあらゆる面においてだ。

 

より良いUXに投資すれば、人々の体験を向上させることができる。あなたやあなたのサービスについての評判も良くなる。マーケティング活動のすべてが円滑になるのだ。

 

誰も素晴らしいと思っていない製品やサービスよりも、誰もが素晴らしいと思っている製品やサービスをマーケティングする方がはるかに簡単だ。マーケティングにおける負担の多くは、企業が必要なUXへの投資を行っていないことが原因である。

 

主なポイント

Jared Spool氏が伝えたかった要点は、UXはすべてのデジタルマーケティング戦略の一部であるべきであり、ある必要があるということだ。UXの取り組みをデジタルキャンペーンに取り入れないことで、通常、もっと良いパフォーマンスができたはずのキャンペーンが、質の低いものになってしまう。

 

残念ながら、キャンペーンにUXが役立つことやキャンペーンを展開するプロセスにUXを取り入れることでキャンペーンのパフォーマンスが向上することを示すKPIや簡単な分析結果はない。せいぜい、UXを導入した現在のキャンペーンと、導入していない以前のキャンペーンを比較するくらいだろう。

 

※当記事は米国メディア「Martech」の7/18公開の記事を翻訳・補足したものです。