まくら株式会社 河元智行氏
eコマース業界の今後を担うキーマンに、さまざまな角度から迫るインタビュー企画。
第4回目は、枕専門のECショップを運営するまくら株式会社の代表取締役社長、河元智行氏にお話を伺いました。
河元さんは、枕業界でその名を知らない人はいないというほどの枕のエキスパートです。
ご自身が枕探しで苦労した経験をもとにショップを立ち上げ、数年で人気店に成長させました。
今回はその成功の秘訣に迫ります。
自らの悩みから枕の専門通販ショップを立ち上げる
──河元さんは寝具業界のご出身ではなく、消費者という立場から2004年にショップを立ち上げたそうですね。
以前は家電量販店に勤めていましたが、当時使っていた枕が合わず、あるとき首を痛めてしまったんです。
高級な枕に変えても治らず、毎日寝るたびに頭痛に悩まされて……。
いろいろな枕を購入してもなかなか気に入ったものに出会えませんでしたが、そうしているうちに枕の知識が増えていったんです。
そこで、この枕はここが良いんだよ、枕を選ぶときはここを見るんだよ、と言うことを自分のホームページで中立的な立場から発信していたら、結構な情報量の枕のポータルサイトが出来上がったんですよ。
そのうち、それを見た寝具メーカーの方がプレスリリースを送ってくださるようになって、だんだんメディアとしての影響力が強くなっていきました。
いつの間にか“枕”というキーワードで検索すると自分のサイトが1番上に来るようになり、それが評価されて2003年にniftyのホームページグランプリというコンテストで準グランプリをいただいたんです。
そのときの賞金を元に枕ショップを始めました。
──当時ネットで枕を売っていた会社はあったんですか?
ありましたが、小売店で自分に合ったサイズを測って作るというスタイルが流行っていた時代でしたね。
ネットの強みとしての返品制度の導入
──お店でも枕の善し悪しは判断しづらいのに、ネットだともっと難しそうですよね。
そうなんです。
枕のフィット感というのは、お店で試しても実際自分が寝ているベッドとは、マットレスが違うのでなかなか分からないんですよね。
普段寝なれた自宅の布団でゆっくり試さないと本当に合うものは見つけられないので、それを試せるのはネット通販だけだと思ったんです。
そこで、20日間であればどんな状態でも返品可能という制度を導入してネット販売を始めました。
衛生品なので普通は開けただけでも返品不可ですが、それでは本当にいい枕には出会えない。
自分の過去の経験から、こちらが返品のリスクをケアしてあげようと思ったんです。
そうすれば小売店よりもアドバンテージがあって、ネットの強みが生かせると思いました。
情報提供の重要性を初期から心がける
──具体的にどのように売っていったのでしょうか。
最初はモールに出店するのではなく、自社サイトを立ち上げて試行錯誤を繰り返しながらやっていきました。
先ほど話した枕のポータルサイトは起業してからも続けていたので、そこに広告のリンクを張って誘導することもできましたが、ポータルにはあえて客観性や独立性を持たせたくて、そういうことは一切やらなかったんです。
だから弊社で販売している商品に対してユーザーさんがポータルサイト上に否定的なコメントを書き込んでも、削除せずにサイトとしては中立的な立場で運営していました。
──SEO対策などは初期の頃から行っていましたか?
SEO対策は、サイトの構築が落ち着いた頃に自己流で始めました。
でも比較的すぐ上のほうに上がったので広告もほとんど出さず、それほどお金をかけて集客した記憶はありません。
コンバージョンもそれなりに高かったので、少しずつ売れるようになってきて……という感じで始まりました。
安眠の前に安心を売る
──他に何か売るために心がけていたことはありましたか?
集客を闇雲に行うのではなく、100人来たら100人買ってくれるような、確実に売りに繋がるサイトを作りたいと考えました。
無理に押し売りするのではなく、“安眠の前に安心を売る”という点に気を使ってやっていましたね。
枕は衝動買いで買うというより、レビューをよく読んで比較して買う人が多い。
比較をする中で、安心するショップでないと買えないという考えが生まれますよね。
なので、何よりも安心をどう売っていくかということを心がけたんです。
枕の選び方や低反発ウレタンの仕組みについて丁寧に書いた記事をポータルサイトから転用したり、メンテナンス方法といった購入後の情報も掲載しました。
販売するためのページというより、情報コンテンツをしっかり充実させて、おまけで商品を売っている程度、そんなイメージでしたね。
僕は常に、情報収集の先に購入があると考えているんです。
その結果、当時としては、非常に情報量も豊富な完成度の高いサイトになっていたと思います。
──なるほど。安眠の前に安心、説得力のある言葉ですね。返品できるという点でも安心感は十分ありますよね。
そうですね。
仮に返品するケースになっても、お客様を信頼して先にお金を返したり、とにかく枕に対して安心して交流できる受け皿をしっかり作ることを目指しました。
最初はなかなかアクセス数も上がりませんでしたが、サイトに来た人は1人たりとも逃さないぞという気持ちで作っていましたね。
また、最初からデメリット表示もしていました。
実は、メリットを伝えた上でデメリットを出すことで、返品率を減らすことができるんですよ。
返品が1個来ると7、8個売らないと採算が取れなくなるので、どれだけ返品を減らすかということは当時から積極的に取り組んでいました。
お客さんの期待値を上げすぎてもダメだし、そのコントロールを慎重にやらないといけないんですよね。
でも昔やっていたことはすごくシンプルで、今もその根本は変わりません。
今でも返品制度はありますし、7月からはさらにプラス1,050円で60日間返品可能というサービスも始めることになっています。
最近ではレンタルサービスも行っていますが、それも返品率を減らすための1つの策です。
レンタルで1度試してみて、気に入ったら新品で買っていただくというシステムですが、購入後に返品になると損害が大きいので、その直前で防ごうという制度です。
ただし手間がかかるので採算は合わないですね。
今は運営しながら修正を重ねていくという感じで細々とやっています。
成功の秘訣は商品数の多さと、、
──他に成功の秘訣はありますか?
大きく分けて2つありますが、1つはやはり商品数の多さではないでしょうか。
寝具業界は偏りがあって、あるメーカーのものを取り扱ったらその店ではそれしか扱わないという風潮があるんですね。
でも弊社は情報サイトを運営していたこともあって、いろいろなメーカーと取引ができた。
結果、メーカー同士の壁を取っ払って、客観的にメリットとデメリットを出した上でお客様に選べる要素を提示することができたんです。
また、かなり資金難の状態で始めたので、売れたらメーカーから仕入れるというやり方を繰り返していて、とにかく細々とやっていたんですね。
借りたスペースも狭くて商品を置く場所がないので、在庫なんか持つことができない。
だからこそ商品数を増やしても大丈夫だったんですよね。
現在弊社では35,000商品取り扱っていますが、そのやり方は今も変わらず、物流倉庫は60坪そこそこで在庫はほとんどありません。
今日入荷したものは今日出ていくという回し方をしているので、在庫回転率は平均して4日くらいですね。
寝具はかさばるので、35,000点も置こうとしたら100階建てのビルでも入りきりませんが、ネット通販ならその心配が必要ない。
そこがネットで売る強みだと思っています。
小売店の場合、寝具は場所を取る割に売上にならないので、今は売り場も縮小傾向にあるんですよね。
もう一つの秘訣はヒット商品を作ったこと
──もう一つの成功要因はどのような点ですか?
今も売れている商品ですが、王様の夢枕と王様の抱き枕というシリーズが、初期のショップを引っ張るような大ヒットとなったことではないでしょうか。
一番最初に売れたのが王様の抱き枕でしたが、当時は抱き枕と言えば男性向けのマニアックな商品であまりいいイメージがなく、その市場自体が確立されていませんでした。
でも弊社はそこに目を付けて、横向きに寝る人をサポートする寝具や妊婦の方が使うものとして、抱き枕を普通の寝具の1つだということを広めようとしたんです。
そこで“抱き枕ドットコム”というサイトを作って抱き枕の使い方を紹介していたら、そのサイトが人気が出てきたんですよ。
そもそも抱き枕は大きいので、小売店で売るには不向きですよね。
それもあって枕以上に抱き枕のほうが伸びていって、今ではなんと枕より抱き枕の方が検索回数が多いという数字が出ています。
抱き枕の市場は弊社が作ったと自負していていて、その王様の抱き枕のヒットが会社を引っ張ってくれた1つの要因ですね。
スピンオフをしながらもシビアに収益に目を配る
──1つヒット商品が生まれると、その商品の売り方も変わっていきますか?
そうですね。
現在弊社ではモールと自社サイトを合わせて18店舗運営していますが、最初はどんな商品でも枕全般を取り扱っている総合店舗で売り、これという商材が出てきたらスピンオフしていくというやり方を取っています。
抱き枕を例に挙げると、“抱き枕”で検索したときに弊社のサイトが出てくるようにSEO対策もしますし、抱き枕ドットコムという専用サイトも立ち上げる。
検索回数が多いものは、単純にそれだけ要望があると常に目を光らせています。
銀座の一等地にリアル店舗を出店することはできませんが、ネット上だと比較的簡単なんですよね。
そこに商品を置いてあげれば自然と売れるというわけです。
──逆に店舗を減らすこともありますか?
サイトの入れ替えは頻繁にやっています。
店舗単位で採算性を見ているので、4ヶ月続けて赤字であれば有無を言わさず閉店しますね。
当然ですが、1万円のものを仕入れて1万円で売るならやらないほうがいい。
利益が出ないと何の意味もないですからね。
銀座の一等地を独占するためにモノは売らない
──先ほどポータルサイトの話が出ましたが、ECサイトとは別にポータルサイトを作ることの意味は?
ポータルはあくまで情報発信の場なので、ショップとは直接関係ありません。
ただし、例えば“枕”で検索したときに、どれだけ自分たちが作っているサイトが検索結果の1ページ目を占領するかが重要だと考えています。
実は“枕”で検索したとき、商品の紹介サイトではなく枕の選び方を紹介したサイトが上位に来やすいんですね。
だから情報コンテンツを先に見せて、それから商品サイトにたどり着くようにさせる。
物を売ろうとするとなかなか売れないので、“物”を売るというより“こと”を売るというわけです。
最近の事例だと、お昼寝枕という商品の売り方に悩みましたが、そもそもその枕がどうやって使うものなのかが分からないと、興味すら持ってもらえない。
なので、まずお昼寝の重要性を伝えた上で、そんなときにこの枕があったらいいですよね、じゃあその枕はこれです、という売り方をしました。
ポータルサイトのほうには、そういうコンテンツをたくさん仕込んでいます。
コンテンツの充実とデータ解析を常に意識
──では、ECサイトを作る上で気を付けていることを教えてください。
やはりコンテンツの充実は重視しています。
ちょうど今、コンテンツを大幅に増やす計画が立ち上がっていますが、このショップには到底追いつけない、と他を圧倒させるようなものを構築したいですね。
“まくら株式会社”という社名に恥じぬよう、枕に関するあらゆる部分を網羅して、もう一度原点に帰ってやろうと思っています。
また、1回買ってくださったお客様に対しては、安心を売っておけば次も来ていただけるというポリシーがあるので、いろいろなサービスを展開することはショップとしての信頼度を高めることになると考えています。
それから僕は数字を見るのが好きなんですね。
ネット通販は結果がすべて数字で出るじゃないですか。
それをある程度解析できれば、次にやるべきことや軌道修正がすぐに分かる。
だからコンテンツを作るにしてもいろいろな数字を見ていく必要があるので、データ収集は気合いを入れてやりますね。
枕はタダで配りたいくらい
──ショップとして、今後新たな展開などは考えていますか?
今後は枕カバーの市場も制覇できるよう、それを目標にいろいろなコンテンツを作っています。
今年2月にリリースした枕広告というのもその一環で、枕に企業広告をプリントして100円で販売するということをやっています。
枕はいつも側にあって毎日使うものなので、それに合わせてそれでしかできないものを組み込ませる。
枕カバーに関しては、今60個ぐらいのアイデアを同時に進めています。
──枕カバーというジャンルはまたニッチですね。
枕カバーは消耗品ですから1人2、3枚持っていても当たり前ですが、枕を買ったお客様は同じお店でカバーを買うことが多いんですね。
枕にはいろいろなサイズや形があって専用のカバーが必要なので、同じ店でカバーを買ったほうが安心だということになる。
また、ネットの場合、購入後もいろいろなことを調べるためにショップのサイトに戻ってきてくれるので、枕カバーの販売はリピーターを増やすためにも重要です。
さらに、実店舗では枕カバーの品揃えが極めてよくないんです。
そして、枕カバーは小さいので送料も抑えられるので、いいことずくめです。
うちとしては、タダでもいいから枕を配りたいくらいですよ。
この業界は無駄な作業をやっていたら絶対に勝てない
──商品は自社で開発しているものもあるんですか?
そうですね。
うちは9割ぐらいが仕入れ商品ですが、需要のありそうなものが商品としてなければ自分たちで企画します。
こういうのがあれば売れるというのは今までの販売統計を分析すればできるので、大外れはしないですね。
──まくら株式会社では、デザイン室やECのサポート部門「ECデータバンク」も運営しています。ネットショップだけでなく、そういったサービスを立ち上げようと思ったきっかけは?
弊社では、商品の企画からチラシやパンフレットの制作、出荷配送業務まで全部自社で行っていて、システム開発も自分たちでやっています。
その流れで社内のプログラマーが自社の効率化ツールを作ったところ、120種類ぐらいのツールができたんですね。
それが口コミで広がり、代理店さんにも付いていただいて販売させていただいているという感じです。
──システム開発はやはり自社でやったほうが効率がいいのでしょうか。
賛否両論ありますが、弊社では経費節減のためにプログラマーを2名入れています。
毎日5分同じ作業をするならシステム化する、機械でできることは機械に任せて人間でしかできないことは人間がやるために、弊社では早い段階から社内にシステム開発部門を作っているんです。
プログラマー以外、弊社のスタッフは特別なスキルもなく、定時に上がるような人がほとんどなので、システム化しないとやっていけないんですよね。
今日入った人でも使えるようにしないといけない。
だから、スタッフがこういうツールを作りたいというリストをどんどん書き出していくんですよ。
プログラマーはその要望に応えるので、社内では悩み相談所みたいな感じですね。
彼らのモチベーションは、社内の人間の時間をどれだけ浮かせられたか、というところにあると思います。また、弊社が力を入れているのは商品部ですが、商品部は仕入れ先との交渉など、人間しかできない仕事がほとんどです。
ですから、必然的に人が必要なところには人件費を割いて、あとは機械化するというのをモットーにしています。
例えば、1日5分の仕事がシステム化されれば、1年間で換算すると1人3、4日、それが10人分になれば30日分浮いたことになりますから、人件費で考えたら結構な額ですよね。
この業界は無駄な作業をやっていたら絶対に勝てないですから、10人以上の規模のネット通販を展開しているのであれば、社内SEは必要だと思っています。
もし明日楽天がなくなったらどうするか
──では、売上が伸び悩んでるショップを見て足りないと感じることはありますか?
やはり1つでも得意なところを軸としてやっていくというところが重要です。
僕は“枕バカ”と言われることを目標にしていますが、1つのことに対して圧倒的にならないとなかなかこの世界では勝てないですね。
それを弊社では枕ダントツ化計画と呼んでいますが、足下の戦略だけにとらわれずに、とにかく未来に残るものをやって欲しいと社員には言っています。
100年後にも生き残るためには、もし明日楽天がなくなったらどうするか、ということまで自問自答し、どこにも負けない強みを持ち、それを伸ばしていくことが重要だと考えています。
──サイトを立ち上げた当初、ダントツになるために考えたことは何ですか?
コンテンツ、サービス、商品のバランスは重要ですよね。
抱き枕でダントツになろうと思ったら、コンテンツを整備した上でとにかく抱き枕と名が付くものをかき集めて圧倒的な商品の数を揃える。
来てくださったお客様に対して、値引きではなく商品をたくさん並べてあげることが一番のサービスなんですよね。
そこにちゃんと情報を与えてあげるということができていれば、ブレない気がします。
──商材に対して専門家になることが重要というわけですね。
そうですね、1つのことに特化するというか。
それがなければ売れるショップにはなれないんじゃないでしょうか。
枕という分野は狭い狭いと言われますが、僕は枕でさえ広すぎると思っていますからね。
お話を伺っていてとにかく感じたのは、その枕に対してものすごい情熱を持っているな、ということです。
誰にも負けない枕に対する知識と経験と実績で、新しい市場すら作ってしまうパワーには圧倒されました。
こんなオーナーがセレクトしているお店から枕を買えば安心だと思えるように、皆さんのショップにおいても、取り扱っている商品についての情熱をしっかり持つことが重要だと感じて頂けたのではないでしょうか。