AIエージェントが商品発見の役割を担うようになるにつれ、マーケターは、基盤となるデータを自社で保有していない限り、価格決定力や顧客との関係を失うリスクに直面することになる。
マーケティングチーム内におけるエージェント型コマース(AIが消費者に代わって購買を行う仕組み)をめぐる議論は、ある一つの問いに集約された。「どうすればAIに自社の商品を推奨してもらえるか」という問いだ。もっともな疑問ではあるが、議論の出発点としては適切ではない。
エージェントが購入するブランドは、アルゴリズムによって選ばれたものだ。一方、顧客が指名買いするブランドは、そのブランド自身が勝ち取らなければならないものである。戦略の専門家であるJess Graham氏が指摘するように、前者は単なる調達に過ぎず、調達という行為に恋をする人など存在しない。
エージェントが商品発見においてより大きな役割を担うようになるにつれ、この区別は重要になってくる。ブランドは、機械には完璧に認識可能であっても、人間からは全く認識されないという状況があり得るからだ。エージェントが評価し、顧客は商品を受け取る。その結果、プロセスから「選ぶ」という行為が静かに消え去ってしまうのである。
マーテックや顧客データを扱うマーケターにとって、こここそが戦略の真価が試される場面である。アルゴリズムによる読み取りやすさも重要だが、それと同時に、エージェントの背後にいる「人間」への意識を持ち続けることもまた不可欠である。
AIエージェントはすでに、商品発見のあり方を変えつつある
エージェント型コマースはすでに市場に登場しているが、当初の報道で期待されていた形とは異なっている。OpenAIの「Instant Checkout」は2025年9月にサービスを開始したが、5か月後の2026年3月にサービスが終了した。
これを導入した加盟店は十数社程度にとどまり、利用も低調だった。また、ChatGPTで商品情報を調べた買い物客も、実際の購入手続きは小売業者の自社サイトで行うことを好んだ。それでも、OpenAIはコマース事業から撤退したわけではない。同社は、買い物客を加盟店のアプリやオンラインストアへと誘導し、決済は小売業者が行うという、「商品発見(ディスカバリー)」を重視するモデルへと移行したのである。
Googleは独自のプロトコルを採用するという、異なるアプローチをとった。Shopify、Etsy(ハンドメイド品・クラフト素材のマーケットプレイス)、Wayfair(米国の家具・インテリアEC)、Target(米国の大手小売チェーン)、Walmart、Visaと共同で2026年1月のNRF(全米小売業協会が毎年開催する世界最大の小売テック展示会)にて発表された「Universal Commerce Protocol(ユニバーサル・コマース・プロトコル)」は現在すでに稼働しており、その機能は拡大を続けている。具体的には、カート機能への対応、カタログへのアクセス、ID連携といった機能がすでに利用されている。これら二つの動きを合わせて見ると、あることが明らかになる。それは、チェックアウト(決済)のレイヤーは依然として形成の途上にあるが、エージェントはすでにディスカバリー(発見)のレイヤーに入り込んでいる、ということだ。
消費者調査によると、AIはすでに商品の発見に影響を及ぼしている。Salesforceの調査では、消費者の39%(Z世代では54%)が、商品の発見や検討に生成AIを利用したことがあることが判明した。また、Adobeも生成AIツールから小売サイトへのトラフィックを追跡している。
同等の規模でまだ実証されていないのは、エージェントが消費者に代わって購入を行うという点だ。Salesforceの調査では、Z世代の63%がAIエージェントによる代理購入に関心を示しているが、これは実際の行動ではなく、あくまで関心の表明にとどまるものだ。
このような状況がもたらす場面を想像してみてほしい。ある顧客がAIエージェントに保湿クリームの購入を依頼する。エージェントは価格、レビュー、配送スピードといった要素を考慮して数多くの選択肢を比較検討し、その中から一つを選んで購入する。顧客は商品のパッケージを目にすることも、ブランドのストーリーを読むことも、あるいは以前使って気に入っていた製品と比較することさえない。エージェントが選択を行い、顧客はその結果を受け取るだけである。
この場面は、エージェントが人間に代わって購買の意思決定を行うようになるとブランドに何が起きるのか、その実態を解明しようとしているGraham氏が描き出したものだ。
AIに認識されるだけでは不十分
Graham氏は、アルゴリズムによる可能性とブランド選好とを明確に区別している。
アルゴリズムによる可読性とは、エージェントが製品データを読み取り、ランク付けを行い、ブランドを検討対象リストに組み込むことができるよう、データを構造化することだ。あるいは、彼女の表現を借りれば、「アルゴリズムのトップに位置づける」ことでもある。予算はこの分野に投入されており、初期段階から確かな成果が表れている。AIが生成した回答の中に表示されるブランドは、より多くのトラフィックを獲得し、その訪問者はサイト上でより長い時間を過ごす傾向がある。この取り組みは重要であり、今後も継続すべきものである。
もう一つの課題は、エージェントの背後にある「人間」の存在を常に意識し続けることだ。Graham氏は、この失敗状態を「エージェントの不可視性」と呼んでいる。そこから、商業的な意味合いが直接導き出される。人間が意図的に選択することなく購入されたブランドは、価格決定力を失っている可能性があるのだ。
価格、評価、配送を最適化しようとする代理店にとって、差別化されていないブランドはコモディティ(汎用品)と見なされ、コモディティは誰かが敗れるまで価格競争を繰り広げることになる。Graham氏は、この現象に損益計算書(P&L)に載せるにふさわしい名称を付けている。それは「ディスカバリータックス(発見税)」であり、顧客がブランドを見つけ、再び選ぶ価値があると判断するまでの過程を他者に委ねることによって生じる、複利的に膨らむコストのことである。
ディスカバリー(商品発見)の主導権を手放すことの代償
他の業界では、商品発見の主導権を手放した代償をすでに払っている。
- ホテル業界は顧客との「出会い」の場をオンライン旅行代理店に委ねた結果、今や予約ごとに15〜30%の手数料を支払う一方で、宿泊客のデータをほとんど自社で保有できなくなった。
- ミュージシャンは楽曲が発見される機会をプレイリストのアルゴリズムに委ねた結果、誰が取り上げられるかをプラットフォームに決定され、ストリーミング1回あたりの収益はわずか数セントにとどまっている。
- サードパーティの販売業者はマーケットプレイス上で需要を創出したものの、やがてそのマーケットプレイスが売れ筋商品を分析し、自社で競合製品を投入するのを目の当たりにすることになった。
この一連のプロセスはループ状に繰り返される。新たな仲介者(この場合はAIエージェント)が利便性を提供し、ブランド側は顧客との接点を維持するために、採算性の悪化を受け入れざるを得なくなる。仲介者が顧客との関係やデータを掌握する一方で、ブランドの差別化要因は単なる機能比較へと矮小化してしまう。
エージェント型コマースは、商品やサービスの評価が行われる際に顧客自身がその場にさえ存在しないという点で、このパターンの最も完成された形態である。
ブランド選好を把握するには、自社が管理するデータが必要
Graham氏がブランドに推奨するのは、エージェントには捉えきれない「発見の体験」を構築し、最初から自社ブランドが選ばれる理由を人々に提供することだ。ブランドをエージェントに認識させるだけでは選好を獲得するには不十分であるため、ここでマーテック・スタック(マーケティング技術の構成要素)が極めて重要な役割を果たすことになる。
可読性の向上を目指す多くのブランドは、エージェントに誤ったデータを提供している可能性がある。静的な商品フィードやラストタッチアトリビューションモデルは、顧客の行動を説明するだけで、なぜその商品を選んだのかについては何も語らない。それだけでランキング上位にはランクインできるかもしれないが、顧客に選ばれるにはそれ以上のものが必要だ。
少数の構造化された項目に基づいて最適化を行うエージェントは、適切に構造化された競合他社をすべて代替可能なものとして扱う。そうした不安定さが、AIの出力結果にも表れるのだ。
SparkToro(オーディエンス調査に特化したマーケティングツールを提供する米国企業)の調査によると、2つの全く同じAIクエリで同じブランドが表示される確率は1%未満であることが判明した。ある回答にはブランド名が含まれているのに、次の回答では消えてしまうといった現象が起きており、その理由はマーケターや顧客に対して何も説明されない。
したがって、エージェントの不可視性から脱却するには、キャンペーンに関する意思決定を行う以前に、データに関する意思決定を行うことが必要になる。そのためには、顧客がなぜそのブランドを選んだのかを説明する「好み」や「関係性」のシグナルを捉えたゼロパーティデータやファーストパーティデータが必要であり、それらはブランド自身のマーケティングテクノロジースタックスタックのどこかに蓄積されるべきものである。
具体的には、サードパーティデータやウォールド・ガーデン(閉鎖的なプラットフォーム)などを介して発見の瞬間を借りるのではなく、自らその瞬間を掌握することを意味する。つまり、コミュニティや直接的な対話から生まれるシグナルを捉え、商品の配送や開封体験を単なる物流プロセスではなく関係性を示すデータとして扱い、仲介者の有無にかかわらず維持される、本人の同意に基づいたアイデンティティを構築するということだ。
発見の接点、顧客との直接的な関係、そしてその双方の基盤となるデータを自社で保有するブランドこそが、エージェントに対して名指しで探すよう指示される存在となる。これこそが、アルゴリズムの最上位に位置し続ける持続可能なあり方であり、その実現を支えるのは、ブランド自身がコントロールするデータなのである。
マーケターが今すべきこと
データという側面から見ると、厳しい現実として、これは戦略以前にアーキテクチャの問題であると言える。既存のツール同士を連携させられないチームが、顧客の嗜好やシグナルを突如として捉えられるようになることはない。エージェントの台頭は、そうしたギャップを新たに生み出すものではなく、既存のギャップを露呈させ、増幅させると同時に、そのギャップを放置することの代償をも高めている。
まずはツールではなく、現状の監査から始めよう。実際に取得しているゼロパーティデータやファーストパーティデータを洗い出し、ありのままを把握するのだ。「何が購入されたか」は記録していても、「なぜそれが選ばれたか」についてはほとんど何も記録していないデータセットは、単に内容が読み取れるというだけの代物に過ぎない。
その上で、自社ブランドが完全にコントロールできる領域、すなわち「オウンド・ディスカバリー(自社主導の発見)」、「コミュニティ」、Graham氏が指摘する「商品が届く瞬間」、そしてプラットフォーム側に遮断されることのない「直接的なチャネル」のどこで関係性データを構築していくかを、意図的に決定しよう。アルゴリズムにとっての可読性は、あくまでシステムに対して最低限果たすべき要件と捉え、その先を見据えた投資を行うべきだ。
今四半期は、ディスカバリータックスに具体的な数値を割り当てよう。「取引は獲得できたが、関係性は失った」という報告を取締役会が聞けば、単なるダッシュボードを提示されるよりも、改善策への資金投入を迅速に進めることができる。
エージェント向けのデータの管理責任は、下流での純粋に技術的な意思決定に委ねるのではなく、顧客関係がすでに存在するマーケティング部門に置くべきだ。
エージェント型コマースは、機械にとって最も読み取りやすい相手に取引を委ねることになる。その際、顧客との関係性までをも委ねてしまうのかどうかはまさに今、マーケティングテクノロジーやデータの観点から判断が下されようとしている問題である。マーケターは、この判断を成り行き任せにするのではなく、自ら主導していく必要がある。