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エージェント型AIが顧客体験戦略における次の大きな転換点となる理由

エージェント型AIが顧客体験戦略における次の大きな転換点となる理由

マーケティング
2025/10/24

エージェント型AIは、ブランドが顧客のニーズを先回りして把握し、顧客体験を簡素化し、人間の判断力とAIのスピードを融合させることで、より速くスマートな顧客体験の実現を支援する。


企業が社内チームとエンドユーザー双方にAI導入を拡大するなか、エージェント型AIは自律的・半自律的なアクションを通じて顧客体験を向上させる可能性において注目を集めている。エージェント型AIによって、より迅速でパーソナライズされたインタラクションが可能になり、大規模導入を見据えた実践的な方法への需要を高めている。

投資がそのことを裏付けている。2025年の世界の自律型エージェント市場は43億5,000万ドル規模とされ、2034年までに1,000億ドルを超えると予測されている。これは年平均成長率42%以上に相当する。Microsoftが過去に示した「生成AIへの投資1ドルあたり3.50ドルのリターン」という予測は、エージェント型AIへの投資がさらに大きな可能性を秘めていることを示唆している。

とはいえ、少ないリソースでより多くの成果を上げるよう常にプレッシャーを受けている企業にとって、自動化は確かに魅力的であるものの、誤った活用をしてしまうリスクはある。電話の自動応答システムによる転送の無限ループや、助けになるどころかイライラさせるだけの無能なチャットボットのような「デジタル版の悪夢」を生み出してしまうことだ。

顧客体験におけるエージェント型AIとは具体的にどのようなものだろうか。そして企業はそれを活用して何を目指すべきだろうか。同様に重要なのは、自動化によって価値が高まるどころかかえって複雑さを生んでしまうケースを見極めることだ。それでは探ってみよう。

 

パーソナライズされ、能動的で、予測可能な顧客体験

顧客体験において「パーソナライゼーション」は、長年にわたり「究極の目標」であった。エージェント型AIは、顧客が困る前の適切なタイミングで関連性の高い支援を提供することで、顧客の手間を減らし、繰り返しの問い合わせやエスカレーション(一次対応では解決できず、上位の役職者や専門部署に対応を引き継ぎ、判断を仰ぐこと)を防ぎ、その「目標」の達成を可能にする。その価値は、シンプルで実行可能な次の要素に集約される。

  • 顧客について理解する。
  • 直近の行動に基づいてニーズを先読みする。
  • 確立されたポリシーに基づき、明確な次のステップを提示する。

見返りは二重にある。満足度の向上とエスカレーションの削減だ。具体的には次のようなものがある。


顧客にとっての具体例

・通信プランの使用状況

月半ば、ある家族のデータ使用量が上限を超過しそうになっている。「一時的なデータ通信量の増量」または「プラン変更」の2つのオプションが、料金、開始日、後日自動的に元のプランに戻す方法などとともにメッセージで送信される。専門用語は一切なく、電話も不要だ。

・小売配送伝票

配送がお届け予定日に間に合わない場合、代替品や受け取りオプションが事前通知され、必要に応じて少額のクレジットが付与される。顧客はタップするだけで選択でき、配達日が確定する。

・B2Bオンボーディングの停滞

新規のアカウントが2週目になっても主要な機能を使いこなせていないとする。管理者にはまだ使用されていない機能の内容を簡潔に伝える通知が送られ、利用開始にあたっての10分間のガイドが提供される。導入状況が改善しない場合に限り、担当カスタマーサクセスマネージャーとのフォローアップが予定される。

 

マーケティング責任者ができること

・明確な「顧客への約束」から始める

チームが実際に遵守できる、シンプルで公開可能なルールを定義する(例:「プラン超過前に通知を送信」「納期遅延時の代替案の提案」など)。これによって、顧客の期待値が設定され、AIの行動を方向付けることができる。

・重要な瞬間を優先する

顧客体験の過程において、能動的なサポートが結果を目に見える形で変化させるポイント(使用量の急増、配送遅延、初期導入支援など)を3~5箇所選定し、それらの局面のみを対象に、初回対応解決率、解決までの所要時間、苦情率について月次目標を設定する。

・オファーはシンプルに、かつ適切な範囲内に留める

顧客が数回のタップで簡単に実行できる、承認済みのオプションを少数用意する(少額のクーポン、予定変更枠、簡単に元に戻せるプラン変更など)。すべてのオプションは1文で簡単に説明できるようにすることが望ましい。

 

避けるべきこと

・追加の手順を伴うパーソナライゼーション

顧客に詳細の再入力を求めることや、複雑な選択肢を比較させるようでは意味がない。

・行動を明示しない通知

すべてのアラートは、「詳細はこちら」のリンクではなく、顧客に1つか2つの選択肢を提供するのが効果的である。

・回避率を目標にする

重要な結果(迅速な解決、繰り返しの問い合わせの削減、CSAT:顧客満足度/NPS:顧客推奨度の向上)を追跡しなければならない、そうすれば回避率は後からついてくる。

パーソナライズされ、能動的で、予測可能な対応とは、単なる派手な宣伝文句ではない。顧客にとって予想外の事態を減らし、意思決定を迅速化しなければならない。明確な約束を設定し、顧客体験への影響が大きい重要な局面に集中し、選択肢を絞り込むことが重要だ。


複雑なプロセスを進む

顧客は今や、複数のチャネルやデバイスを利用してブランドとやり取りしており、しばしばジャーニーの途中で切り替えるにもかかわらず、スピード、明瞭さ、一貫性を当然のように期待している。エージェント型AIは、顧客のニーズが複数のステップ、システム、チームにまたがっている場合に真価を発揮する。

マーケティングの役割は、住所変更、返品、更新、プラン変更といった複雑な中間プロセスにおける顧客の負担を軽減し、あらゆるチャネルで約束が確実に守られるようにすることである。それには大規模な連携が必要だ。AIは顧客の目的を理解し、不足部分を補い、他者への引き継ぎなしで顧客をスムーズに前進させ続けなければならない。

 

顧客にとっての具体例

・通信会社への住所変更

顧客が住所を変更すると、サービス利用状況、予約オプション、および請求額の調整について、1つのプロセスで案内される。顧客は同じことを繰り返したり、確認のために電話をかけ直したりせずに済む。明確な確認と次へのステップが提示されるだけである。

・複数商品の返品

購入者が返品手続きを開始すると、最初に各商品の返送先、返金時期、付加価値サービスの有無が通知される。返品用ラベルが作成され、必要に応じて集荷サービスが提供され、ステータス更新が自動で届く。

・B2Bソフトウェアのアクセス問題

組織変更の後にユーザーが特定の機能にアクセスできなくなった問題では、AIが権限を確認し、プランに含まれる内容を説明した上で、アクセス権限を解決するか、簡潔な要約を添えて適切な担当者に引き継ぐ。ユーザーはIT部門とベンダーの間でたらい回しにされることはない。

 

マーケティング責任者ができること

・チャネルではなくジャーニーを優先する

顧客に摩擦を引き起こす主要な3つの多段階体験(例:オンボーディング、返品・交換、プラン変更・更新など)を特定し、エンドツーエンドで責任を持つ。具体的なサービスの約束を関係者間で共有し、全チャネルで徹底する必要がある。

・簡単なエンゲージメントルールを設定する

「良好な状態」の定義(解決までの時間、初回対応解決率、苦情率)と、平易な言葉によるガイドライン(提供可能な対応内容、人的介入が必要なタイミング、説明必須事項)を明確に定める。これらは技術的な決定ではなく、リーダーシップの意思決定である。

・進捗を可視化する

毎週、簡易ダッシュボードをレビューして、顧客が行き詰っている箇所、引き継ぎなしで完了したケース数、満足度と収益への影響を確認する。処理量だけでなく、手順の削減やポリシーの明確化などの改善策に対しても報酬を与える。

 

避けるべきこと

・チャネルごとの修正

カスタマージャーニーそのものが壊れている場合、チャットやメールだけを強化してもほとんど効果がない。

・明確さを欠いた過剰なパーソナライゼーション

親しみやすい文体であっても、ポリシーや次のステップの不明瞭さを補うことはできない。

・結果ではなく回避率を測定する

より迅速な解決と再連絡の削減を測定する。回避率は副産物として扱い、目標としない。

マーケターにとって重要なのは、新たな手法ではなく、調整力である。重要なジャーニーを選び、顧客中心のルールと約束を設定し、進捗を毎週点検しよう。AIによって手順を減らし、引き継ぎを回避すれば、顧客もそれに気づき、成果は向上する。

 

人間とエージェント型AIの融合

最高の顧客体験は、「AIのスピード」と「人間の判断」のバランスが取れている。自動化が主導すべき時とカスタマーサービス担当者が介入すべき時について明確なルールを必要とする。自動化は日常業務を処理し、人間は例外や金銭、感情を扱うという、シンプルな原則が役立つ。


顧客にとっての具体例

以下は、明確な関与ルールによって、システムが人間に委ねるべきか自動化を進めるべきかが決定される事例である。

・B2B契約更新の内容変更

AIは利用が少ない期間を特定し、より小規模なプランへの変更を推奨する。顧客が契約に関する質問をした場合、カスタマーサービスマネージャーは事前に準備された概要に沿って対応に加わる。その後の書類手続きや確認事項は自動的に処理される。

・航空便の運航トラブル

AIは旅行者の予約を変更し、座席の選択肢を提示する。特別な配慮を必要とする家族をAIが認識すると、自動的にその旅行者を担当エージェントに振り分け、座席の確定や特別なケアの手配を支援する。システムのAIが自動的に確認と受領を処理する。

・医療保険プランの質問

プラン変更を希望する顧客に対して、AIが最初に希望する医師や薬の条件から選択肢を絞り込む。顧客が費用に関する懸念を示した場合、資格を持つ担当者が明確な説明資料を用意して対応に加わる。会話後、AIが自動的に加入手続きを完了し、選択内容を記録する。


マーケティング責任者ができること

人間的なアプローチとエージェント型AIによるアプローチの融合を成功させるには、いくつかの要素が必要だ。リーダーはいくつかの領域から着手することができる。

・引き継ぎルールを設定する

顧客との会話に人間を介入させるためのシンプルなトリガーを設定する(例:高額な影響を及ぼす問題が発生した場合、プロセスの特定の段階で繰り返される摩擦をシステムが検知した場合、またはデリケートな話題が生じた場合など)。顧客がいつでも人間のオペレーターと話せるようにしておくことも大切だ。

・スムーズに引き継ぎをする

システムは、オペレーターへの引き継ぎのたびに、顧客の目的、完了した手順、現在のオプション、および次の手順など、顧客に対する会話の概要を1画面で常に提示すると良い。

・融合した体験を測定する

顧客の行動経路(AIのみ、人間のみ、両方)ごとに主要な成果指標を追跡しよう。対応時間を短縮するだけでなく、顧客の負担を軽減し、解決を加速する経路を優先することだ。

 

避けるべきこと

もちろん「成功」とは、最適な顧客体験にはならない要素を見極めることでもある。また、リーダーは顧客中心の自動化に向けた取り組みを阻むようなリスク要因にも警戒すべきである。

・アクセス制限

顧客が担当者やオペレーターにアクセスできないようにすることは、体験設計の失敗であり、信頼を損なうだけでなく、他のチャネルでの苦情につながることが多い。

・コンテキストのリセット

顧客がAIからオペレーターに引き継がれた後、情報伝達や選択を繰り返さなければならない場合、問題なのは顧客ではなくシステムである。

・形式的な共感

コスト、リスク、感情が高まった時は人間が担当するべきだ。AIは人間の会話の代替に使用するのではなく、担当者の会話をサポートするために使うこと。

AIと人間が一緒に対応することで勝利をつかむ

AIと人間を融合させ、AIが日常的な摩擦点を迅速に解消し、リスクを伴う瞬間や判断を要する場面は人間が対応することが有効なアプローチとなる。

引き継ぎの明確なルールを確立し、完全なコンテキストでの引き継ぎを徹底し、回避率でなく、顧客の負担と解決速度によって成果を評価することが重要だ。

 

成功には考え方の転換が必要

エージェント型顧客体験アプローチの力を活用するには、マーケターは成功に必要な3つの考え方の転換に取り組むことから始められる。

キャンペーンから継続的なサービスへ

顧客体験は、定期的なプッシュ通知の連続ではなく、常時稼働し、シグナルを監視し、ポリシー内で介入するシステムである。各チームが独自のイベントトリガー、同意ルール、アクション制限を設定し、FCR(初回解決率)、解決までの時間、苦情率に基づいて毎週改善を重ねなければならない。

コンテンツファーストからポリシーおよびデータファーストへ

クリエイティブ制作に着手する前に、本人確認、権限付与、最新のポリシーへの同意が適切に取得されているかを確認しておくことが大切だ。適格性を確認できる設計フローを構築し、権威ある情報源に基づいた回答を提供し、明確なガイドライン(例:最大25ドルのクレジット、7日間の再スケジュール期間など)の範囲内で対応する。これにより、手戻りを抑え、監査可能性が向上し、チャネルや言語を問わずパーソナライゼーションの信頼性を確保できる。

 

回避のための自動化から成果のための自動化へ

人間の担当者による顧客対応の最適化は、ただ対応数を抑制するためではなく、測定可能な顧客の成果のために行うべきである。明確な目標を設定し、AIのみ、人間、AIと人間のハイブリッドの各経路のパフォーマンスを比較してみてほしい。AIは人間の作業を加速する手助けをし、リスクや曖昧さが閾値を超えた場合はエスカレーションを要求し、定期的なレビューサイクルにおいてプロンプト、ポリシー、ツールに修正内容を再反映させる。

これらの変化を受け入れることで、マーケティングと顧客体験のリーダーシップは主導権を維持しつつ、より迅速な解決、負担軽減、そして一貫した顧客体験を大規模に提供できるようになる。

 

エージェント型AIを活用するには

エージェント型AIは、顧客のニーズを満たすことをより容易かつ迅速にするべきであり、それ以上の複雑さは不要である。その道筋は明快である。

  • 明確な約束を定義する。
  • 複雑なエンドツーエンドのジャーニーを調整する。
  • 金銭、リスク、感情が大きな影響を及ぼす場面では、自動化と人間の判断を組み合わせる。

上級リーダーがこれら3つの要素に重点を置き続ければ、顧客が最初にその効果を実感し、その後で指標が追随してくる。

CMO(最高マーケティング責任者)とCX(顧客体験)リーダーは、エンゲージメントのシステムではなく、ルールを管理するべきだ。

  • AIが提供できる範囲と人間が介入するタイミングを明確にした、シンプルなガイドラインを作る。
  • 改善すべき高価値なジャーニーを数点に絞り、その実現に向けてチームを連携させる。
  • 結果を毎週確認する。

「良い状態」とは、引き継ぎの減少、対応プロセス完了までのサイクル短縮、選択肢の明確化、そして満足度と収益の着実な向上を意味する。プレイブック(戦略やノウハウをまとめた成功のための指南書)の範囲は狭めておき、データに基づいて調整し、測定可能な改善をもたらすもののみを拡大することが効果的だ。


※当記事は米国メディア「MarTech」の10/16公開の記事を翻訳・補足したものです。